月の光のように






月影葵は悩んでいた。
「ほんと、どうすればいいんだろうね」
窓の外には大きな満月
カーテンを引いていない部屋は、皓々と月明かりがさし、
照明をつけていないのに、部屋の細部まで見渡せる。
ため息をついてから、キッチンへ移動して
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
本当は酒でも飲みたい気分だが、明日も朝から稽古がある。
今飲んだら、泥酔するまで飲んでしまいそうな勢いなので
責任感の強い葵は自重した。
グラスに注いだミネラルウォーターを口にしながら、
キッチンからリビングへ戻り、ソファーに目をやる。
月明かりに照らされ、神々しいまでに美しい少女がそこにはいた。
いや、もう少女という年齢ではない。
だが、その寝顔は実年齢よりも幼く見える。
僅かに開いた唇から、微かな寝息。
伏せられた長い睫、通った鼻筋。
白い肌が月光に照らされ、輝く。
他人を引き寄せさずにはいられない、艶やかで清らかな寝顔。
「無防備だよ、未来」
愛しい恋人の寝顔に、葵は苦笑しながら囁いた。
今日は稽古で遅くなる
そう告げていたのだが、未来は待ち続けて、そして寝入ってしまったのだろう
すやすやと規則正しい寝息を立てている。
熟睡しているのだ。
起こしたら、かわいそうだな。
ベッドルームから毛布を持ち出し、恋人を包むと
ソファーのすぐ側に腰を付いた。
起こさないように、細心の注意を払いながら、恋人の柔らかく長い髪に触る。
指先で、はらはらと流れる髪の感触がとても心地よい。
彼女と恋人になってから、一ヶ月が経とうとしていた。
『好きだよ。あなたを・・・あなただけを愛している』
そう告げると、あなたは嬉しそうにしてくれたっけね。
私がどれだけ告白するのに勇気がいったか、あなたはわかっているかい?
優しく微笑みながら、恋人の頬をなでた。
恋人、立花未来
葵が、桜塚歌劇団に入った時から、唯一人応援してくれた彼女。
初めて会ったのは、彼女が中学生の頃
まだ幼さの抜けない、あどけない少女だった。
大きな目がいつもきらきらと輝いていて、そのくせ、こちらを眩しそうに見つめてきた。
最初は、妹のようなものだと思っていた。
そして、大切なファンの一人。
もっとも、その頃の葵のファンなんて片手で数えられるほどのものだったが・・・
未来の一言で、葵は何度も救われたのを覚えている。
娘役から、男役に転向したのだって、彼女がいなければ考えられなかったことだろう。
葵が辛い時、いつも彼女に励まされた。
どちらかといえば大人しめの少女が、自分のために、一生懸命言葉を選びながら励ましてくれた。
「恥ずかしい、と思ったこともあるんだよ。
六つも年下の子に、あんなに支えてもらって・・・」
優しく、優しくいとおしい人の頭を撫でる。
「・・・う・・・ん」
未来の上げた声に、起きたのかと思い手を止めたが、
ただ寝返りを打っただけで、また静かに寝息を立て始める。
その様子に、葵は微笑んだ。
いつしか、彼女はファンというだけのものでは無くなっていた。
会えれば嬉しいし、会えなければ寂しい。
公演の時には、いつだって彼女の姿を探してしまっていた。
今日は、来ているだろうか?
それとも、来てくれていないのだろうか・・・
日に日に、葵の中で、立花未来は大切な存在になっていた。
恋であったなんて・・・どうして認められたのだろう。
こんな姿をしているが、葵は紛れも無く女だった。
最初は、男役に徹するばかりに、男の心理になっているのだ、と
そう言って自分を誤魔化そうとした。
優しい姉のように、接しようと。
2年前、彼女の兄がなくなってからは、兄のように。
彼女が寂しくないように、彼女が独りで泣くことが無いように
大切に大切に守ってあげよう。
自分は、結構忙しい身だけれど、彼女のためならどんな時でも力を貸そう。
姉のように、兄のように。
何度も心に誓ったことだけど、
彼女から届くメールに、恋愛のことが書いてあると
気も狂わんばかりに、動揺していた。
未来は美しい。
少女の可憐さと、女性の持つしなやかさを併せ持つ。
微妙なバランスで形成された美しさは、誰もが目を奪われるだろう。
いつか、彼女が誰かの腕に抱かれる時がくるのだろうか・・・
想像するのも下卑たことだと、分かっていても怒りが心を支配した。
それが、嫉妬だと認めざるを得ないほどに
会わないほうがいい。
距離を置こうと、決めたのは、丁度一年ほど前のことだったか
家族を失った悲しみから、少しずつ彼女が立ち直りかけた頃
葵は、未来の手を離した。
元々それ程会えなかったけれど、それでも時間を作って会いに行っていたので
月に2〜3回はゆっくり話すことが出来た。
そんな時間を大切にしていきたかったが、これ以上側に居ては、自分を止められなくなる。
だから、未来の側から離れた。
連絡を絶ったわけではない、未来が会いに来れば会う。
会いたいといわれれば、会いに行っただろう。
だが、月に数回メールのやり取りをするくらい。
心中は穏やかではなかったけれど、
未来に会いたくて、会いたくて焦がれていたけれど
どこかで安堵もしていた。
こんな恋が許されるはずはない。
だから、忘れてしまえるように。
忙しさも相まって、日々は、慌しいけれど穏やかだった。
何もすることがなくなると、つい未来のことを考えてしまうから
なるべく仕事をいれて、忙しい日々を過ごす。
そうして、未来の居ない日々は過ぎて・・・一年ほど経ったある日
あなたは、私の目の前に現れた。
覚えていたよりも、さらに美しくなって。
沢山の花束を抱えて、危なっかしい足取りで、劇場の中を歩いていた。
声をかけると、嬉しそうに微笑みを向けてきた。
抱えている花よりも、可憐な笑顔で・・・
やっぱり、あなたを愛していると思った瞬間だったよ・・・
もう、どうでもよかった。
あなたさえ、傍に居てくれるのなら、世間がどう思うとか、常識だとか
あなたと比べることは出来ない。
「愛しているよ。未来」
恋人の頬に軽く口付ける。
深い眠りの中、それでも恋人は微かに微笑んだ。
なんて美しい人なのだろう。
彼女は、葵のことをきれいだというが、未来のほうが、断然美しい。
キスがしたい、抱きしめたい。
そして・・・
「本当に、私ったらどうしようもないな」
先ほど考えていたことが、また頭をもたげ始める。
『彼女の全てが欲しい』
抱きしめて、キスして、愛撫して
猥らに潤む彼女の瞳、そして喘ぎ声を聞きたい。
そう思ってしまう私は、やはりおかしいのだろうか
葵だって、もうこの年だ。
経験はなくもない。
ただし、相手は男性だった。
女性相手にどうすればいいのか、まったくさっぱりわからない。
キスはする、抱きしめることはできる。
ただ、その先がどうすればいいのかわからない。
指と舌で、彼女を翻弄させることは出来るだろう。
乱れた姿もみれるかもしれない。
男性が女性にするように、優しく愛撫すればいい。
それは分かる。
が、そんなことをして未来は怯えないだろうか。
こんな外見の自分は、服を着ていれば、男にも見えるだろう。
ただ、そういう時は・・・脱いでしまって、未来を怯えさせないだろうか
この恋が、背徳の行為だと頭で分かっていても、
裸の自分を見たとき、彼女がそれをまざまざと実感するのではないだろうか
そして、自分から離れていってしまわないだろうか。
馬鹿げている。
そう思う。
何故、こんなにも臆病になるのか。
自分の存在は、彼女を世間から孤立させているようなもの。
彼女が離れていってしまうのなら、それはそれで仕方が無い。
彼女が普通の恋愛をして、幸せになればそれでいい。
そう、願ってやまない反面。
彼女なしでは生きていけない。
そう思う自分もいる。
愛しい愛しい人。
このまま閉じ込めて、世間から隔離して、
そして自分だけを見つめていて欲しい。
二人だけならば、誰もこの恋を責めない。
二人だけで逃げてしまえれば・・・
そこまで考えて、自嘲した。
本当に、こんなにおろかな自分は見たことがない。
そんな事が出来るわけも無い。
愛しい人、あなたを傷つけることなんて、出来やしない。
すやすやと寝息を立てる未来の唇は、
柔らかそうなピンク色をしていた。
引き寄せられるようにして、その唇に自分の唇を重ねる。
「ん・・・葵、さん・・・?おかえりなさい・・・」
まどろんだ顔が壮絶に色っぽい恋人は、さらに色っぽく微笑む。
「ごめん、起こしてしまったね。このまま寝るといいよ」
葵は微笑んで、またキスをする。
柔らかく、優しく触れるだけのキス。
「・・・おやすみなさい」
微笑みまた眠りの淵に落ちていく恋人に、もう骨抜きにされてしまっている自分を感じながら、
三度目のキスをする。
今は、これだけ。
今は、ここまで。
いつか、あなたが本当に私を求めてくれる時まで。
あなたを包む、この月の光のように、私もあなたを包んでいこう。
あなたが、いつまでも、いつの時も微笑んでいられるように。
「おやすみ、未来・・・愛しているよ。あなただけを」


                                           【了】
<<NOVELtop  <<BACK 


◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

私的に「ちっ」と思ったのが葵さんのED(笑)
なぜかはわかりますね?だって、あのシーンなかったの
おお!百合!さすがは18禁だ〜と思ったのに
なので、私なりに、なかった理由を考えてみました〜(笑)






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送