『罠シリーズ 第一弾』



放課後の罠




ドキドキドキドキ。
繋いだ指先から、鼓動が伝わってしまうんじゃないだろうかって位
私の心臓は爆発寸前。
まるで体全体が、心臓になってしまったみたい。
こんな風にこの道を、この男と一緒に帰るなんて想像もしなかった。
ああ、静まれ!私の心臓!
ばれちゃう。ばれちゃうよ。
こんなのいつもの私じゃない。
せめてこの顔の赤さが、夕日のせいだと思ってくれますように。
私は心の中で、そればかりを祈っていた。



「俺の事好きでしょ」
赤く染まる図書室の中、加賀見悟は夕日の窓辺をバックに微笑んだ。
それは、疑問系じゃなくて肯定形の聞き方で、つい『は?』っと聞き返したくなる。
だって、加賀見はあまりにもいつも通りだ。
私と加賀見は、1年の時に同じ図書委員になった。
何の因果か、2年になった今年も同じ図書委員。
クラスは違うけど、毎週水曜と金曜は一緒に図書委員の仕事をしている。
確かにね、好きだよ。
加賀見はいつもは、いい加減なのに実はしっかり者で面倒見もいい。
本当は面倒臭がりなくせにね。
顔もいいからもてる。
しかも来るもの拒まずの精神の持ち主で、告白されたら即OKをだすらしい。
でも2ヶ月持った事ないらしい。
らしい、らしいと繰り返すのは、本人からじゃなくて周りから聞いたことだから。
加賀見の言い分では、いつも振られると言うけれど・・・
私は知ってるよ。
元彼女たちは皆言うんだって、『加賀見君は私の事好きじゃない』って。
加賀見は誰も好きじゃない。
誰も好きにならない。
いい加減で、優しいけど冷たくて・・・わからない男。
だけど・・・好き。
優しい笑顔も、面倒見がいいところも、柔らかそうなちょっと茶色がかった髪も。
全部、全部好き。
好きだけど・・・ダメ。
私は可愛い女じゃない。
自分でわかってるの。
成績優秀、二年で図書委員長をやってて、クラス委員も兼任してて・・・
次期生徒会役員と言われてて。
しっかり者で、真面目で、しきり屋で、口が悪くて気が強い。
頼りになるお姉さんタイプだけど、彼女にするのはちょっと・・・て男子ばっかりだもん。
知ってるよ。
私は可愛い女になんてなれない。
「・・・な、何言ってるのよ。馬鹿じゃない」
高鳴る心臓を押さえながら、悟られないように私は言い放つ。
こんな言葉、言いたいわけじゃない。
いつもの私に戻れ。
冷静でしっかりしてる私に戻れ!
きっと加賀見だって、冗談を言ってるに決ってる。
もし本当に好きだってばれたら・・・哂われるに決ってる。
「えー、だって好きでしょ?」
「ば、ば、馬鹿言ってんじゃない!あんたなんか嫌いよ!」
可愛い女になんてなれない。
素直になんてなれない。
だから、やめて。
私を暴かないで。
「・・・嫌い?本当に?」
加賀見はとても綺麗な目をしていると、誰かが言っていた。
その瞳は、いつもどこか冷静で・・・全てを暴いてしまうような・・・本当に綺麗な目だ。
その瞳が、今はじっと私を見つめていた。
いつも口元に浮かべている笑みは、今はない。
じっと、真剣な瞳が私を見透かすように見つめていた。
「き・・・きら・・・い・・・」
大嫌い。そう言ってしまおう。
絶対に、絶対にからかわれているだけだから・・・好きだなんていえる分けない。
いつもの私に戻って、笑い飛ばしてしまえばいい。
『あんたみたいな女ったらし大嫌い。冗談言わないでよ』
そう言ってしまえばいい。
「あんた・・・なんて・・・き・・・」
加賀見の真剣な眼差しが怖かった。
私の嘘も、虚勢も加賀見にはばれてしまっているんじゃないだろうか。
不安で不安で・・・だけど好きだとは言えないくて。
私は嘘も本当も言えない、臆病者だ。
「きら・・・い・・・よ・・・」
夕日に照らされた加賀見は、男の人なのに綺麗で・・・怖かった。
加賀見の視線を逃れて、私は俯く。
震える声では、これ以上何も言えなかった。
私は馬鹿みたいだ。
一年の頃に言われた言葉に、未だに固執してる。
『お前って、かっこいいのな』
委員会でもめた時、加賀見が私に言ってくれた一言。
男も女も、先輩も後輩も関係なしに発言させてくれ。
と、当時の図書委員長に詰め寄った事を言われたのはわかってた。
だけど・・・そんな風にいわれた事なかったの。
生意気だとか、怖いだとか言われた事はあっても、
あんな風に私を認めてくれた人は初めてだった。
それから、加賀見が気になった。
そして・・・いつの間にか、好きになっていた。
でもね・・・加賀見の中の私のイメージを壊したくないんだよ。
加賀見の目に映る私は、いつだって『カッコいい女』でありたかった。
加賀見のことが好きだなんて、知られたくない。
ホントは、こんなのかっこ悪いって思ってる。
決心して、告白してしまうのが一番いい。
今なんて、絶好のチャンスなんだ。
わかってるけど・・・私は意地っ張りで見栄っぱりなんだよ。
思考の迷路でグルグルと迷っていると、加賀見が深いため息をついた。
「はいはい、わかりました」
「あっ・・・」
反射的に顔を上げると、加賀見は仕方ないなぁって感じの微笑みを浮かべていた。
私は告白のチャンスを失ったのだ。
自分で望んだくせに、何故か落胆している気持ちが、少しだけいやになった。
やっぱり私は、卑怯な人間なんだ。
かっこつけてばかりで、自分だけが可愛い・・・ダメな人間なんだ。
「じゃ、帰りますか。お前の荷物はカバンだけ?」
「あ・・・う、うん」
落胆している私をよそに、何もなかったかのように加賀見は帰り支度をはじめる。
やっぱり冗談だったんだ・・・
「ほら、行くよ」
「えっ・・・なっ!?」
私がカバンを持つと同時に、逆の手が加賀見の手に触れた。
違う、手を掴まれた。
「か、か、加賀見!手、手!!」
「あーはいはい。鍵は明日もお前が開けるから、返さなくていいんだよな?」
そう、木曜日の朝番は私だから、水曜の今日はいつも鍵を持ち帰ってる。
って、そうじゃない。そうじゃない。
「加賀見!手!」
「はいはい。じゃー帰りましょう」
私の言葉はまったく無視されたまま、加賀見はずっと手を離さなかった。




何が何やら判らない。
『好きでしょ』と言われて『嫌い』と答えた。
加賀見は『わかった』と言ったのに、今私たちは手を繋いで歩いてる。
何度も離してとお願いしたにもかかわらず、加賀見は手を離してくれない。
一体何が起こっているのか、私の頭はパニック寸前で理解不能だ。
心臓がドキドキバクバクしてることだけは、確かなのに・・・
「ね、加賀見・・・もう・・・許して・・・」
鼻の付け根が、ツンっとして視界が滲んだ。
加賀見に手を曳かれたまま、ずるずると歩き続けていた私の足が、不意に止る。
もう歩きたくなかった。
極度緊張とパニックで、ボロボロとあふれ出す涙を止める事が出来ない。
「ちょ・・・待てって。何でそこで泣くかなぁ?」
私につられて立ち止まった加賀見が、困った顔をして私の顔を覗き込んできた。
間近に加賀見の視線を感じて、余計に涙が溢れてくる。
カッコ悪い・・・なんで泣いてるのよ、こんなの私じゃないよ。
「だって・・・手・・・放してくれない・・・」
まるで子供みたいに泣きじゃくりながら、たどたどしく言葉を紡ぐと
深いため息が聞こえた。
「俺と手繋ぐのいや?そんなに嫌い?」
悲しそうな声に、反射的に首を横に振る。
「じゃ、好き?」
きっとこのとき、私の頭はパニックになりすぎて状況をつかめていなかったんだと思う。
ずっと意地を張り続けて、嫌いと言い続けていたくせに・・・つい、頷いてしまった。
「あっ・・・」
気付いて顔を上げた時にはもう遅くて、
目の前にはにやにやと人の悪い笑みを浮かべて加賀見の顔があった。
「やっぱり好きなんじゃん。ま、知ってたけどね」
「ち、違う・・・違うの・・・違うったら!」
「はいはい。お前の嫌いは好きって事だって理解しといてやるよ。
だから、ほら、もう泣くなって」
意地悪そうな笑顔の加賀見の指が、優しく私の頬をなぞる。
「・・・なんで・・・?」
どうして加賀見にはわかってしまうんだろう。
私は心底不思議でしかたなかった。
わかって欲しいのと、ばれて欲しくないのと・・・両極端の私の気持ち。
「何が?」
「どうして、そういう事いうの?」
「知りたい?教えたら、もっと泣いちゃうかもよ?」
「な、泣かないわよ!」
「今泣いてるじゃん」
「泣いてない!」
自分で言っておいて、頭の隅っこの冷静な部分が自分に突っ込みを入れてる。
『泣いてるよ、私』って。
なんだか、さっきから調子を崩されっぱなしだ。
喧嘩越しになってしまう。
ほら、やっぱり私って可愛くない。
「・・・だってさ、お前ったらいつも俺を見てるし、
好きかって聞いたら、慌てて真っ赤な顔で否定する上、
手を繋いだだけで真っ赤になって泣いちゃうし・・・これでわからなかったら相当鈍いぞ?」
瞬間、顔に体中の血液が集まったような気がした。
私の行動って、加賀見にはそんな風に見えてたんだ。
「お前ってホント、ほっとけないよなぁ。しっかりしてるようで、どっか抜けてる」
「・・・周りにはシッカリ者で通ってるもん」
「そりゃ、周りが誤解してるんだ。俺には意地っ張りで、天邪鬼な頼りない女にしか見えないよ。
まあ、そこが可愛かったりするんだけどね」
可愛い?私が?
「そんな訳ない・・・」
「何が?」
「私が可愛いわけない!」
言い終わると同時に、加賀見の腕が私を引き寄せた。
私の体は、見た目よりも広いその胸の中にすっぽりと納まってしまった。
「か、か、加賀見?」
「ほ〜ら、やっぱり可愛い。いまどき抱きしめただけでこんなに慌てるヤツなんて珍しいぞ?」
「な、な、・・・なにするのよ」
「好きだから抱きしめたんだよ」
加賀見の言葉は、まるで魔法みたいだった。
さっきから一言一言が、私の心を揺さぶり続ける。
夢みたいだった。
加賀見に好きと言ってもらえるなんて・・・
「・・・嘘」
「ホントだって。自慢じゃないけど、告白したのなんて初めてだよ」
私を抱きしめる加賀見の腕に力がこもって、息苦しいくらいだった。
息が出来なくて、心臓はドキドキと早鐘を打っている。
温かな吐息が、私の耳をくすぐる。
「好きだよ」
今まで聞いたことがないくらい、甘く熱い囁きが心臓を鷲掴みにする。
朦朧とした頭が、心の中を真っ白にした。
これって、きっと夢・・・夢だよ。
こんなの現実のはずない。
「返事は?一応わかってはいても、きちんと聞きたいんですけど?」
「信じないもん、加賀見うそつきだし、女ったらしだし」
「いや・・・それを言われると耳が痛い・・・ま、ほら。お前がいつも言ってただろ。
本気の恋愛したら相手を大切にするのに、ってな?
俺、お前と本気の恋愛したいわけよ。それくらい本気なの、わかる?」
「わかんない」
「意地っ張りめ」
「私なんて可愛くない女、好きになる人なんて居ない」
「お前・・・それって俺に二重で失礼だってわかってる?」
私を見つめる加賀見の目は、相変わらず綺麗。
吸い込まれてしまいそうだ。
「俺の好きな人をそんなに苛めるなよ」
信じたい。
信じられない。
ねえ、信じていいの?
「好きだ。ホントの本気で好きだよ。俺と付き合って」
真剣な加賀見の眼差し。
信じてみたい。
言葉にするとまた逆の事を言ってしまいそうだから、私は黙って頷いた。
嬉しそうに微笑む加賀見。
幸せって、こういう事をいうのかな?
心の中から、温かくて優しい気持ちが溢れてくる。
心臓は、まだドキドキしてるのにね。
不意に日の光がかげる。
そう思ったら、唇に温かな感触がした。
キスされたんだ。
「か、か、か、加賀見!!」
「約束のしるし。なあ、もしかして初めてだった?」
それは触れるだけの優しいキス。
でも、これもやっぱりキスだから・・・私のファーストキス。
「・・・不意打ちは卑怯だわ」
「硬い事言うなって。今からどんどんお前の初めて貰っちゃう予定だしね。
こんなお子ちゃまキスでも、好きな人の初めてってのは嬉しいもんだな」
独り言のように、ニヤニヤしながら呟いてる加賀見。
ねえ、この人ってこんな人だっけ?
なんだかいつもの加賀見よりも、おちゃらけてるっていうか・・・浮かれてる?
私の事、そんなに好きでいてくれてるって、自惚れてもいいの?
でも、待って。
なんか、危険な事言ってない?
恥ずかしすぎる事、言い続けてない?
「まあ、お子ちゃまなお前のペースに合わせる気はあるけどさ、
ほら、俺って辛抱強い方じゃないから。その覚悟はしとけよ」
「加賀見の馬鹿!スケベ!もう知らない!」
まだ抱きしめらていた私は、両手で渾身の力を込めて加賀見を押し返した。
強く抱きしめられていたと思っていたのに、意外にもあっさりと開放された私は
あまりにも恥ずかしすぎて、その場を走って逃げようと駆け出す・・・予定だった。
腕を掴まれてしまって、それは実行できなかったけれど。
「逃げるなって。付き合ってたら当たり前のことなんだよ。
大丈夫大丈夫、嫌がることはしない。こんなところでこれだけの事したら、
明日には学校中の噂になるだろうしね。お前は俺のお手つきだって。
まあ、そうなったら変な虫が寄り付く事もないだろうし〜俺はゆっくり攻略しますよ」
加賀見は、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
こんなところ?
言われて初めて、この場所がどこなのか気になった。
校門を出て、あまり時間はたっていないはずだった。
それなら学校のすぐ側のはずで・・・
振り返る私の視線の先、ううん、視線の斜め下には、
まだ下校中の生徒たちを吐き出す校門が見えた。
足元を何台もの車が行き来してる。
ここは、校門の目の前にある歩道橋で・・・下校中には必ず目に付く場所。
こんなところで抱き合ったり、キスしたり・・・
加賀見の言う通り明日には噂になっているだろう。
だって、加賀見は校内でも有名で・・・いや、加賀見じゃなくても噂になるに決ってる。
普段なら絶対にしないミスだ。
パニックになっていた私は、場所なんて考えられなかった。
っていうか、気付きもしなかった。
穴があったら入りたい、まさにそんな心境。
明日、どうやって学校に行けばいいんだろう?
「こ〜ら。そんな真っ赤な泣きそうな顔してると、
可愛すぎてまたキスしたくなっちゃうぞ」
ニヤニヤと、笑う加賀見が考えなかったはずない。
きっと確信してたんだ。
「馬鹿馬鹿馬鹿ーー!!加賀見なんか大っ嫌い!」
「はいはい。お前の嫌いは好きってね。それで大まで付いてた日には・・・
あ〜俺って愛されてる?」
さらりと流されて、何も言い返せない。
「ほら、帰るぞ。それともまたここでラブシーン見せ付けたい?」
「帰るわよ!」
加賀見の手を振り払って、私は早足で歩道橋を歩き出した。
恥ずかしすぎて、めまいがする。
本当に、明日はどうすればいいんだろう?
「ねえ、ねえ、俺のこと嫌いになった?」
私の後を足早に追いかけてきた加賀見が、少し不安そうな顔をして私を見てる。
嫌い・・・じゃないよ。
好きだよ。
だけど、そんな事恥ずかしくて言えない。
そんな私の表情を読み取ったのか、加賀見は嬉しそうににんまりと笑う。
「やっぱ、お前ってば可愛い」
恥ずかしげもなく言い切る加賀見の気持ちがわからない。
こんな反応のどこが可愛いんだろう?
ねえ、加賀見・・・あんたって趣味悪い。
私は、加賀見の言う通り『シッカリしてるくせに、どこか抜けてて、意地っ張りで天邪鬼』
どこが可愛いていうの?
こんな自分は嫌いだよ。
「志穂子?」
加賀見は優しい笑顔で、手を差し伸べてくれる。
ねえ、こんな私のどこが可愛いの?
わからないよ。
だけど・・・加賀見が可愛いって言ってくれるのなら・・・
少しは自分を好きになれそうな、そんな予感がする。
差し出された手に、自分の手を重ねる。
優しく、だけど力強く握り返してくれる加賀見の手は温かい。
加賀見がそのままで居てくれるのなら、私もいつかは素直になれるかもしれない。
『好き』って伝えられるかもしれない。
これから、いつもこうしていられるのなら・・・



案の定、翌日は大変な事になった。
いつの間にやら、私と加賀見は公認のカップルになり
朝も昼も夕方も、いつも一緒に行動するようになった。
ねえ、もしもあの日の放課後、加賀見があんな行動をとらなければ
今の私たちはなかったんだね。



                                            【了】
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