彼の心(完全版)


彼の部屋で、独りぽつんと居た。
冷たい床に座り込んで、ガラスのテーブルに頬の横をつけると、身体中が冷えていくみたいな感じがある。
初めて結ばれたあの日から一ヶ月も経っているのに、私たちはあれ以来一度も身体を重ねていない。
キス、はしてくれる。
それこそ、大学でも道端でも、人目を気にせず彼は私を抱きしめてキスしてくれる。
唇や顔や、首筋にも。
でも、それ以上は何も。
二人っきりで部屋にいて、そっと抱きしめられながら唇を触れ合わせていても、最後には彼の身体は離れていってしまう。
好きだから、私が彼を好きだから、篠原くんの気持ちが同じじゃなくても構わないと思った。
傍にいられれば、それでいいって。
でも独りでいると、わからなくなってきてしまう。
あれは、一度だけの遊びだったのかと。
いつも彼は優しいし、笑顔を向けてくれる。
だけどそれは、他の女の人たちに向けるものと何処が違うんだろう。
同じ、なのかもしれない。
あの日から、私の中には消えない火が灯された。
身体の奥でいつも燃え続け、激しく燃え上がる機会を待ってる。
そしてそれは、時々表に出てこようとしてしまう。
あの日の彼を、肌に思い浮かべると。
優しく私を暴いてしまった、彼の指や彼の唇。
彼の全てを思い出すと、身体が震えて勝手に熱くなりだす。
初めての私に、痛みも覚えさせずに快感ばかりを教え込んだ彼。
篠原くんの与えてくれる感覚の全てを、貪欲に飲み込んでしまった私。
変わってしまった身体は、もう戻れない。
ひたすら彼を待つばかりだった。


いつの間にか眠ってしまったみたいで、肩を軽く揺すられて目が覚めた。
ゆっくりと頭を上げると、横には篠原くんが座っていた。
「こんな寒い所で寝てたら、風邪をひくよ。帰りを・・・待っててくれたの?」
長い指で私の髪を梳きながら、彼は唇を小さく綻ばせる。
薄い綺麗なそこを見つめながら、私は軽く頭を横に振った。
「ううん。どうしようかと考えてたら、眠ってしまったみたいなの」
「そう。でも、もう遅い時間だよ。今日は泊まったら?」
その言葉に、心の奥が期待してしまう。
誘ってくれてるのかな?
そうじゃなくても、傍にいたい。
「うん、泊まらせて・・・」
考えるより先に、心で返事をしてた。
「遅いから、シャワーは朝にして、もう寝よう」
先に立ち上がった篠原くんは、手を引いて私も立ち上がらせてくれる。
指と指を絡めるように結んで、もう一つの部屋へ案内された。
ベッドサイドのライトだけを点けると、彼は着ているものを脱ぎだした。
身体を重ねたこともあるのにビックリしてしまった私の視線に、くすりと笑う。
「本当はパジャマに着替えるんだけど、今日はもう眠いからね。服を脱いで寝ればいいと思って。君も、服が皺になったら困るだろう?脱いだら?」
あっという間に下着一枚になった彼は、ベッドカバーを剥いでそこに潜り込んだ。
どうしようかと、私が胸元を掴んでいる姿を見てまた小さく笑うと、私に注いでいた視線を外して身体を逆向きにしてくれる。
篠原くんから見えなくなると、少しだけホッとしてしまう。
抱かれることを望んでいても、まだ彼の前で服を脱いだりすることには抵抗がある。
安心して服を脱ぎ、それを畳んで床の上にきちんと置くと、私もベッドに身体を滑り込ませた。
ギシリ。
音がして、彼が私の方へと身体の向きを変える。
ライトの灯りが瞳に反射して、輝いて見えた。
魅入られたように見つめていると、私の腰へ彼の腕が伸びてきて、そのまま身体が引き寄せられる。
温かい胸の中に、包み込まれた。
「・・・苦しくないの?」
耳朶に微かに唇が触れて、その感触に全身を震わせる。
だから、彼の言っている言葉の意味がわからなかった。
「えっ、何?」
「これ。付けたまま寝るのは、苦しくない?」
背中に回った彼の指が、ブラのホックを軽く撫でる。
外した方がいいって、言ってるのかな。
そう思うけど、外してしまうと胸を守るものがなくなってしまう。
何もないままで彼の肌に触れてしまうと、知られてしまう。
篠原くんの香りに、肌に、反応している身体を。
胸の先はもう、硬く張りつめてしまってるのだから。
「外すよ」
あれこれ考えていて返事をする前に、彼はパチンと音をたててホックを外してしまった。
急に胸が解放されて、余計に胸の先が反応を示す。
しかも胸のあたりにわだかまっていたブラは、するりと腕から抜かれていく。
何も介さないで直接に胸が彼の肌に触れ、完全に硬くなった先を知られてしまった。
呆れられるのが怖くて目を瞑っていると、背中に優しい感触が走る。
彼の掌が、私の背中を宥めるように撫でていた。
緊張して知らない間に強張っていた身体は、その動きにゆっくりと解けていく。
ゆったりとした気持ちになった頃、篠原くんの手は動きを止めた。
「・・・おやすみ」
耳元で小さな声が聞こえて、少しして唇に柔らかなものを感じる。
「おやすみ・・なさ・・い・・・・」
返事は口の中に留まってしまった気がする。
急速に、私の意識は眠りの中に落ち込んでいった。



起きると、隣には誰もいなかった。
あの日のことを思い出して一瞬不安になるけど、隣の部屋からコポコポとした音が聞こえてきてホッとする。
セーターを羽織って起きていくと、コーヒーを用意している彼の姿があった。
「おはよう。コーヒーを飲んだら、早目に出てどこかで朝食を取ろうよ」
頷くと、彼はお風呂場を指差す。
「シャワー、浴びておいでよ」
「うん」
そう答えると、篠原くんはにっこりと笑った。


シャワーを浴びながら自分の胸に手を置くと、また胸の先が形を示す。
ずっと触れてもらえないそこは、彼の感触を待ち侘びて緊張しているみたいに感じる。
ううん、私の身体の全てが待ち侘びて、強張ってる。
昨夜、篠原くんの胸に包まれて肌と肌を触れ合わせて眠った。
滑らかな肌の感触と、彼の香りに、さらに身体は期待してた。
それなのに。
どうして、抱いてくれなかったのかな。
答えは、簡単なのかもしれない。
あの日のできごとは一夜の遊びで、私なんかを抱かなくても彼は不自由していないから。
それでも、それを認めてしまうのはあまりに自分が惨めに思えてしまう。
篠原くんのことを考えるだけで、身体の奥から熱いものが流れ出しているのが判る。
シャワーの中で良かった。
それなら、少なくともそんな浅ましい自分の姿を見なくてすむから。
念入りに身体を洗い、長いこと私はシャワーを浴びていた。



「よっ、未来!」
授業が終わっても立ち上がる気力がなくてボーっとしていると、堂本くんが横に現れた。
この授業は一緒の筈なのに、今日は姿を見ていなかった。
「おはよう、堂本くん。今日はお休みかと思った」
そう言うと、彼は困った顔をして手で頭を掻く。
「いやさーっ、寝坊しちまって。遅刻したから、後ろの方で聞いてたんだぜ。前半は聞けてないから。頼む、ノート貸してくれ!」
両手を合わせて拝むようにされると、断れなくなる。
もっとも堂本くんは憎めない人だから、結局断れないのはいつも同じなんだけど。
「仕方ないわね。はいっ」
書いたばかりのノートを渡すと、彼は賞状でも貰うみたいに紙を頭の上に高々と上げた。
「ところで、さ・・・」
いそいそとノートをしまい込みながら、堂本くんはちらっと私の方に視線を向ける。
顔から下へと視線を移して、心なしか顔を近づけてきた。
「未来、あのさ。泊まる、のはイイけどなあ、服は着替えてきた方がいいと思うぞ」
「えっ?」
「昨日。篠原んとこに泊まったんだろう?」
彼の台詞に、服を着替えてないことに初めて気づく。
昨夜は何にも考えてなかったし、今朝は同じベッドで眠ったのに篠原くんがなにもしてくれなかったことで頭が一杯で、そんなこと忘れてた。
「あの・・・その・・・」
何を言っていいのか、言葉がグルグルと頭を回ってしまう。
そんな私に、堂本くんははぁーっと大きく溜め息を吐く。
「ま、いいけどな。しっかしお前ら、ホントに仲いいよな」
仲がいい?
そんなことを言われて、私は首を振っていた。
「そんなこと、ない・・・」
驚いたような彼の視線から逃げて、俯いてしまう。
でもだって、ホントのことだもの。
仲がいいって、こんな関係じゃないと思う。
優しいけど、何も言ってくれない篠原くん。
彼が離れてしまうのが怖くて、何も訊けない私。
それなのに、皆には仲がいいって見えてるのかな。
違うのに。
「私なんてどうせ、遊びの相手でしかないもの・・・」
呟きと一緒に、涙が溢れ出してきた。
こんな所で泣いたら、堂本くんが困る。
そう思うのに、止まらない。
ずっと心の中に溜まっていたものが、涙と一緒に溢れてしまったみたいだった。
小さく嗚咽を上げながら泣き続ける私に、堂本くんはただ黙ってその場にいてくれた。


目を真っ赤にしながらも、なんとか泣き止んだ私を、堂本くんはカフェテラスに誘った。
コーヒーカップを前にして、やっと落ち着く。
「あのさ。俺にはわかんねえけど、吐き出したら気分がすっきりするんじゃないか?人に言えば、心が整理されるってこともあるし」
真面目な顔で私を見る堂本くんの目は、凄く真剣だった。
好きになるなら、堂本くんを好きになれれば良かったのかもしれない。
そんな想いが心を過ぎる。
でも私が魅かれたのは、篠原くんだった。
それでも悩みを聞いてくれるという堂本くんには、嘘を吐きたくない。
「うん・・・・・・」
口篭りながらも、心の中に溜まった言葉を吐き出した。
「昨夜は篠原くんの部屋に泊まったけど、触れてくれなかった。昨夜だけじゃないの。初めての日から一ヶ月、ずっとキス以上のことがないの」
こんなことを男の人に口にするなんて、凄く恥ずかしい。
でも男の人じゃないと篠原くんの気持ちが理解できないと思うから、赤くなりながらも私は続けた。
「好きだったら、触れたいと思うんじゃない?堂本くんだったら、どう?」
「そりゃ・・・」
堂本くんも何と言えばいいのか、悩んでいるみたいだった。
肘をテーブルについて、両手を拳にして頭の横を押している。
顔を下げて、うんうん唸ってた。
「俺の考えだけどな」
息を大きく吸って顔を上げると、彼はそう前置きした。
「あいつは、篠原は、お前を大切にしてるんだと思うぜ。そりゃ好きな子には触れたいさ。でも相手のことを思いやったり、大切だからこそ、簡単に触れたりできないってこともある。
 お前を見てるあいつは、本当に嬉しそうな顔をしてるんだぜ。俺は一回生の頃からの付き合いだけど、あいつのあんな顔は見たことなかったからな」
そう、なのかな。
本当に篠原くんは、私を大切にしてくれてるから触れてくれないのかな。
堂本くんが真っ直ぐに私に言ってくれていることは感じるけど、それでも心のどこかが納得できなかった。
それはきっと、篠原くん自身の言葉じゃないから。
もし本当に彼がそう思ってくれてるなら。
私の想いは。
「でも私は、触れて欲しいの」
篠原くんを求めていた。
また涙が目尻に溜まる。
それが零れ落ちそうになる直前、声が聞こえた。
「未来・・・泣いてるのか?堂本。他人の恋人を、なに泣かせているんだ!?」
「・・・篠原」
彼の名を、堂本くんが呼ぶ。
篠原くんはこの後も授業がある筈だから、こんな所にいるなんて思いもしなかった。
ビックリした拍子に涙が引っ込んでしまう。
呆然と彼を眺める私とは反対に、堂本くんは急に顔を険しくした。
「何、頓珍漢なこと言ってるんだよ。お前の所為だろうが、こいつが泣いてんのは」
「えっ?」
目を不快気に苛立たせていた篠原くんは、堂本くんの言葉に今度は丸くする。
「『えっ?』じゃ、ねえよ」
ムスッとした顔で少し声を怒らせる堂本くんを完全に無視して、篠原くんは私に向き直った。
「未来。その涙は、ぼくの所為なの?」
なんて答えたらいいかわからなくて、私はさっき零れそうになった涙で潤んだ目を彼に向ける。
私のそんな表情を見て、彼は唇を引き結んで顔を真剣なものに変えた。
座ってる私の肘を掴んで、少し乱暴なくらいの力で立ち上がらせる。
「篠原くん・・・」
「帰ろう」
私の呼びかけに答えずに、彼はそれだけを口にした。
「でも、篠原くんは次の時間も授業あるでしょ?」
このまま帰ったら、授業をサボることになってしまう。
そう思ったけれど、篠原くんは首を振った。
サラサラとした髪が激しく横に振られる。
「一回ぐらい平気だよ。それよりも君の方が、ぼくにとっては重要だから」
嬉しい。
今の彼の言葉が、凄く嬉しい。
私のこと、少しは大切に想ってくれてるの?
そう訊いてしまいたくなる。
手を痛いほどギュッと掴まれて、篠原くんの後に続いてカフェテラスを出た。
痛みさえも嬉しくて、だから全然気づいていなかった。
お金を払ってこなかったことを。


篠原くんの部屋に入ると、もどかしげに靴を脱いで、彼は私を部屋の中央に立ったまま抱きしめた。
私の熱を確かめるように全身で抱きしめられ、身体が嬉しい悲鳴を上げる。
「篠原くん・・・」
彼の胸に顔を埋めて身体を預けてそう囁くと、少し身体が引き離された。
額が触れ合いそうなほど顔を寄せられ、目を覗き込まれる。
「どうして泣いてたのか、話してくれないかい」
普段よりも少し、低い声だった。
「篠原くん、どうして触れてくれないの?」
これ以上、訊かずにはいられない。
そう思って問いを口にした私に対して、彼は不思議そうな目をした。
「触れて、って・・・今もこうして触れているけれど」
「違う!あれから全然、抱いてくれてないでしょう!!」
もう想いが苦しすぎて、叫ぶような声になってしまう。
「・・・未来」
彼の声に名前を呼ばれて、少し落ち着く。
息を吐くと、私はさっきよりも静かな声を出した。
「抱いてくれないから、私のことなんて遊びなのかなと思ったの。そう思って勝手に涙が溢れてきて・・・」
「どうして、そんなことを」
篠原くんの声に少しだけ苦しそうな響きが混じる。
でも私は、先を続けた。
「あの日も、起きたら篠原くんはいなかった。そしてずっと触れてくれないし・・・だから、私のことなんて遊びなんだろうなって思ったの」
視線を外して、彼の首に腕を回す。
そのまま彼の喉に唇を触れてから、もう一度篠原くんのことを見上げた。
「でも、それでも、私は篠原くんが好き。だから、構わないの。遊びでも構わない・・・抱いて、欲しいの」
全て言ってしまった。
もう私には、どうすることもできない。
この先は、篠原くんがどう思うのかだけだった。
ずっと動かない彼に、こんなことを言わなければ良かったのかと、そう思い始めた時。
彼は私の背中を抱きしめる腕に、さらに力を籠めた。
背が反り返るほど強い力で抱きしめられ、彼の唇が重なってくる。
私の口の中を激しいほど動く舌に翻弄されて意識が飛びかける。
何度も流し込まれる唾液を飲み下して、頭の中が白くなりかけても、私は彼に応えた。
これ以上続けると息ができなくなると思った頃、篠原くんの唇は私の唇から離れていった。
今度は顔に落ちてきた前髪を唇で払ってくれる。
そうしてから私の目を覗き込み、少し掠れた声で囁き始めた。
「ぼくにとって君は、特別な存在だよ。遊びだったら、とっくの昔に自分のものにしていた。君が心を決めるのを待つでもなく、ね。
 あの日も、情けないことに君にどんな顔をしたらいいのか、わからなかったんだ。夜の仮面をつけた顔じゃなければ、会えなかった。
 ぼくは君に、何の約束もしてあげられない。他の女性を抱かないとも、ホストを辞めるとも。でも君が特別な存在だということだけは本当だよ。
 ずっと触れなかったのは、君の身体に負担をかけるんじゃないかと思っていたからさ。初めての君を、容赦なく抱いた。あの時、自分が止められなかったよ。
 君が起きられないくらい激しくしてしまった。今でも君を抱いたら、際限なく求めてしまいそうで、触れることさえできないんだ」
いつもは誘惑するように煌めいてる瞳が、今は真摯な光を湛えている。
その光と一緒に、彼の言葉は私の中に真っ直ぐ入り込んできた。
今だったら、自分が篠原くんの『特別』なのだと信じられる。
約束がなくても、構わない。
彼の『特別』だったら。
いつかはそれでも我慢できなくなるのかもしれない。
もっともっとと、求めるようになるのかもしれない。
でも今は、それだけで幸せだった。
目を閉じて、そっと触れるだけのキスを自分から彼に贈る。
それから、にっこりと笑った。
「私は篠原くんが、好き。だから触れて欲しいの。私の身体のことなんて気にしないで・・・あなたの激しさを、私に教えて」
私の言葉に、篠原くんはやっと小さく笑ってくれる。
彼の瞳はいつもの魅惑的な光を宿し、誘うような笑みが唇を彩る。
「壊してしまいそうなくらい、君を抱きたいよ・・・覚悟は、いいかい?」
「うん!」
大きく首を縦に振る私に、彼は念を押すように囁く。
「今日は、どんなに君が疲れきっても、止めてと言っても、聞いてあげられないよ」
私が嬉しそうにもう一度大きく頷くと、彼は微笑みながら私を抱き上げた。


初めての時は、ゆっくりと服を脱がされた。
少しづつ慎重に、私を感じてくみたいに。
でも今日は、ベッドサイドで抱きしめられてキスに酔ってる間に、服を剥ぎ取られてた。
恥ずかしくて、ベッドに裸身を横たえられても俯いてると、篠原くんの指が私の顎にかかる。
「ぼくを、見て・・・」
指の腹で私の肌をそっと擽りながらの囁きに、ついっと顔を上げてしまう。
目の前の彼は、もう何も身に着けていなかった。
滑らかな肌、綺麗な筋肉の付き方をした身体のライン、そんな一つ一つが全て見える。
あの日は恥ずかしくてはっきりと見たわけじゃなかったから、こんなに綺麗だと思ってなかった。
素敵過ぎて、胸がさっきよりもドキドキしてしまう。
そんな私の心が判ったみたいに、篠原くんは覆い被さってくると、大きな掌を私の左胸の膨らみよりも少し上に置いた。
「速い鼓動だね」
呟いて、今度は私の右手を自分の左胸にあてる。
彼の鼓動も、速いように感じられた。
「篠原くんも、速いよ」
見上げると、彼の目は微かに笑う。
「ずっと我慢してたからね。心臓が、君が欲しいって叫んでるのさ」
篠原くんらしい台詞に、私の緊張も少し解れてく。
彼の胸から手を外して、それを今度は彼の首にあてて引き寄せる。
「・・・来て」
「ああ」
頷いて、彼は私にピッタリと身体を重ねてきた。


首から胸のあたりにかけて、鬱血の跡が散らばってる。
私の身体に少しづつキスの痕を刻む篠原くんの頭は、今はお臍のあたりにあった。
舌でその窪みを突かれると、ピリッと身体に走るものがある。
思わず背を反り返らせた私は、彼の手が腿の内側にかけられるのに気づかなかった。
ハッとした瞬間に脚が大きく開かれて、篠原くんはそこに身体を割り込ませた。
自分が知らない身体の奥を見られるなんて、恥ずかしい。
彼の顔が私の脚の間に近づけられると、反射的にそう思って手でそこを隠してしまった。
優しい顔で微笑みながらも、顔を上げた彼は厳しい声を出す。
「未来。手を外して」
「イヤッ・・・恥ずかしい」
首をフルフルと振って拒むと、彼は腿に触れていた手を離してしまう。
そうして優しい笑みを消して、薄い唇に綺麗な笑みを浮かべた。
「じゃあ、ぼくは何もしないよ。君がぼくを受け入れてくれる体勢になるまで、何も」
「そんなの、ヤッ!」
泣きそうな顔で叫ぶと、彼はまた優しい笑顔に戻る。
「それだったら、手を外してよ」
また言われてしまったら、もう拒むことなんてできない。
それでも手を離さなかったら、篠原くんはきっと先に進んでくれない。
恐る恐る手を外して、その手を身体の脇に置いた。
「ありがとう」
そんなことを言って、彼はまた私の脚に手をかけると、さらに大きく開いた。
彼を待って震えているそこを、はっきりと見られてカッと熱くなる。
きっと全身の肌が真っ赤に染まっているに違いない。
顔をそこに埋めた彼は、私の花芽を下唇で押しながら囁いた。
「綺麗な色をしてるのに、どうして恥ずかしいんだろうね」
私の羞恥を面白がる感じが、その声に含まれている。
「恥ずかしいのは、恥ずかしいの!」
子供みたいに思われてるように感じて、拗ねた声を出してしまった。
篠原くんは少しだけ顔を上げて、私を見つめる。
その姿が私からは、自分の脚の間に彼の顔の上半分が出ているように見えて、余計に羞恥心が煽れられた。
目尻まで赤くしてる私に小さく笑うと、彼は舌を私の中に挿し入れる。
キスする時に聞こえる音と似ている音がそこから響いて、耳と肌に与えられる快感でさらに震えてしまった。
私の置く深くまで入り込み、自在に動き回る彼の舌に合わせて、腰が揺らめく。
自分のあまりのはしたなさに涙が出そうになってしまうけど、篠原くんは嬉しそうだった。
「可愛いよ・・・可愛過ぎるよ・・・」
時々溢れ出る蜜を吸いながら、甘い声で私を魅了する。
そんなことを言われると余計に感じてしまって、私はさらに腰を揺らしてしまう。
「ダンスを踊っているみたいだね」
篠原くんの舌と、私の中。
それが触れたり僅かに離れたりしながら蠢く様は、彼の目には私たちのダンスに映ってるのかもしれない。
でもそれも、終わりの時はある。
指で私の中が解れたのを確認すると、彼はベッドサイドから小さな袋を取り出した。
ビリッと破いて外側の袋を床に捨てると、ゆっくりと彼は自分に付けていく。
まだそこを見ることはできないけど、期待に胸が膨らむ。
初めての時の快さから、慣れない行為への不安はなかった。
「未来。いいかい?」
入り口に押し当てて、篠原くんは私に確認した。
私の心の準備が整うのを待ってくれる彼の優しさに、心が温かくなる。
「いつでも大丈夫・・・」
そう答えて頷くと、次の瞬間熱いものが私の中に入り込んできた。




どこかで人の声がする。
その声に反応して、私はゆっくりと覚醒する。
目を開けると、部屋の中は既に暗くなっていた。
何時なんだろう。
まだ中途半端にしか働かない頭で、ぼんやりと考える。
篠原くんは、言葉通りに行動した。
激しい愛撫に、私は高みからの失墜と同時に眠ってしまったらしい。
身体は重くて、少しずつじゃないと動かせない。
寝返りを打って、彼がいた筈の場所を見る。
そこに彼の姿はなかった。
何度この経験をしたら、慣れるんだろう。
その度に私は、あの日目覚めた時の不安を思い出してしまう。
でも今日は、スライド式のドアの向こう、隣の部屋からの微かな明かりがドアの隙間から洩れていた。
それに微かな人の声も聞こえてくる。
「ええ・・・・・・・・す・・せん・・・・・・・・そ・・・おね・・・します。それじゃあ・・・」
篠原くんの声だ。
ぼーっと感じると、声が聞こえなくなると同時にドアが開かれた。
「起きた?」
「・・・篠原くん」
部屋に入ってくると、篠原くんはベッドに腰を下ろして私を覗き込む。
光を背にしてるから、彼の表情は見えなかった。
ただ私の髪をかき上げる優しい仕草は感じ取れる。
「何時なの?」
首を傾げて訊くと、彼はベッドの脇のライトを付けてくれた。
その横に小さな置時計があって、長い針は天井を指していた。
「9時だよ」
「えっ、バイトは!?」
彼が口にした時間に驚いて叫ぶ。
確かいつもはその時間には、部屋を出ていた。
お客さんが本格的に来るには少し早いけど、色々な支度をしないといけないんだって言って。
どうして、まだ着替えもせずにここに居るんだろう。
その疑問は、彼の次の言葉で答えがでた。
「今日は、休んだ」
休んだって、そんな。
いつも大学のレポートが忙しくても、お店にはしっかりと出てた。
そんな篠原くんが、休むなんて。
「どうして?」
「理由、わからない?」
問いかけると、彼は問いで返してきた。
理由なんて、わからない。
彼はどんな時も、ペースを崩さない人だったから。
首を何度も横に振ると、篠原くんは少し溜め息を吐いたみたいだった。
仕方ないなと、何だか呆れたみたいな気配がする。
それでもまた、優しく私の髪をかき上げてくれる。
「今夜ずっと君と一緒にいる。そのためだよ」
私のために、お店を休んでくれたの?
「篠原くん・・・」
嬉しくて、名前を呼ぶことしかできない。
そんな私に、唇の端を上げて、篠原くんは意味ありげに笑った。
「さあ、覚悟は決めたね。今夜は寝かせないよ。もうゆっくりと眠ったんだから、構わないよね」
寝かせないって、それは。
そこまでしなくても。
「えっ?でも、そんなの・・・いいわよ」
そう言って身体を起こそうとすると、私の肩を両手でしっかりと掴んだ彼にベッドに押し付けられる。
「駄目だよ。触れないことで君を不安にさせたんだから、君が安心するまでずっと触れ続けるから」
もう充分、激しくしてもらった気がする。
これ以上されたら、明日動けなくなってしまいそうだった。
必死に首を横に振り続ける私に、彼は顔をキスするみたいに近づける。
「君だけが、ぼくを一晩中独占できるんだよ」

幸せだけど、篠原くんを独占するのは大変なんだと、その夜じっくりと彼に教えられてしまった。

END

2004.6.13 UP


恵美さまの運営していらっしゃるClair de Lune『100000HIT記念企画作品』のフリー創作を頂きました。っというか、ねだって強引に貰いました(爆
達也カッコいいですねぇ〜色気があって、理性があって・・・ああん、メロメロですよ、私。
恵美さまの書かれる達也ったら最高です!!未来ちゃんも可愛いーー!!
未来ちゃんのためにバイトまで休んでくれる達也に乾杯♪
ああしかし、恵美さまの文章には艶があって、色気があって・・・うらやましいのですよぅ。半分でいいから私もこれくらい艶のある文章を書けるようになりたいのです(笑)

こんな素敵な作品を書かれる恵美さまのサイトはこちらです。

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