『罠シリーズ 第二弾』



恋愛相談の罠
 1



こんなはずじゃなかった。
私の人生なんて、いっつもそればっかり。
いつだって予定とは違うものになってしまう。
高校だって、第一志望には受からなかったしさ・・・
どうして、私っていつもこうなんだろう。
『ちゃんと考えて行動しなさい』
って、いつも親に言われてたのに、全然実になってやしない。
後悔ばっかりしてる。
そして今、私は人生最大のピンチに陥っている。
「・・・それ、マジ?」
目の前の男は、ジュースを飲むために銜えていたストローを
ぽかんと開いた口から滑り落とした。
信じられないものを見るような目で、私を見ている。
ああ・・・ホント、なんでこうなるのよ。
ってゆうか、何でわかんなかったのよ。
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。
男に対する罵詈雑言を頭の中で吐き散らす。
でも、実際に口から出たのはため息ばかり。
「・・・わかってなかった、のね」
男は引きつった笑顔を浮かべて頷いた。




そいつを気になりだしたってのに、特に原因はなかったと思う。
何となく入った深夜のチャットルーム。
最近チャットって下火になってるけど、
こんな夜中に話し相手が欲しい時って、未だに重宝する。
その部屋を選んだのには、大手サイトの地域チャットで
自分の地元って言う、単純な理由だった。
とりあえず覗いたその部屋には、すでに3人の先客がいた。
先客たちの話を見ていると、なんだか知り合いのようだ。
彼女のことがどうだとかって、たわいもない会話で盛り上がっている。
入ろうかどうしようか迷ったけど、気に入らなければ直ぐに退出すればいい。
名前の欄に『ヒロ』と入れてエンターキーを押した。
『ヒロ』というのは、私がよくネットで使っているハンドルネーム。
苗字が広瀬だからっていう、至って簡単な理由だ。
――『こんばんは〜はじめまして、ヒロです』
挨拶すると、直ぐに先客たちから返事が返ってきた。
――『お。おはつ、よろしく〜暇人のヒマです。19才の男』
――『はじめまして♪舞香です。よろしくね☆』
――『おはつ、よろしく。カガミです』
そんな風にして会話が始まった。
皆年が近くて、打ち解けるのに時間はかからなかった。
やっぱり彼らは元々長く知り合いだったが、新参者の私をすんなりと受け入れてくれた。
3人は、かなり仲が良かった。
そして、その3人が今夜ここにいたのは偶然だったらしい。
元々このチャットルームで知り合って、
仲が良いもの同士で作った別のところにチャットをたてていて、
いつもは、そこで話しているという。
その日はそのチャットルームがサーバーダウンしていて、
仕方がなくここで話をしているとか。
お互いに会うことはなくても、電話もしたりするという。
私にはその感覚はわからない。
インターネットで出来た知り合いは、電脳世界だけのものにする。
昨今色々問題のあるネット社会。
自衛の手段として、私はずっとそう決めていたのに・・・
何が気に入られたのか、私は翌日から彼らの個人チャットに招かれるようになった。
毎晩通うようになって一ヶ月後、何故だかみんなの携帯番号を教えてもらっていた。
そりゃ、皆は元々仲がよかったから知っていたのかもしれない。
だけど・・・普通新参者の私に簡単に教えるか?
教えてもらった番号は、一度もコールする事なく
私の携帯のメモリーにインプットされていく。
本当に、最初は唯の暇つぶしで入ったの・・・
そこに居つくなんて、自分でも思いもしなかった。
どうしてあんなにすんなり仲良くなったんだろう。
そして私はため息をつく。
増えていくメモリーを眺めながら・・・



――『おっまえなぁ〜なんで電話してこないんじゃ!>ヒロ』
――『う゛っ!!(汗』
携帯番号を教えてもらって一週間後。
いつものようにくだらない会話をしていたら、突然突っ込まれる。
最初に話をした中の一人。
ヒマというハンドルネームの人だ。
仲の良い連中で集まったという個人チャットのメンバーは
私を含めて7人。
15歳から21歳までの構成だ。
今17歳の私は、丁度中間の年齢だった。
今日のメンバーは、ヒマ・舞香・リス・ダーク、そして私を入れた5人。
――『そういえば、ヒロって私にも電話くれた事ないよねぇ、さみしぃ〜(涙』
可愛らしい口調の舞香は、一番年下の15歳。
――『あはは、舞香にも連絡しないのか(笑)』
突っ込みを入れてくるダークは最年長の21歳。
大人だなーって思う発言をする人だ。
――『いや、だってさ・・・電話って苦手で・・・(汗』
――『言い訳すんなーいいじゃんかー電話くらい』
ヒマは何かにつけて電話したがる人だ。
ハンドルネームと同じで、本当に暇なんだろうか?
私以外のメンバーにも、よく電話をしているというから
きっと電話代大変だろうな〜なんて、余計な事を考えてしまう。
――『電話代気にしてるんなら、わしからかけるぞ、番号プリーズ!』
――『う〜ん、そういうわけじゃないけど』
――『ヒマさぁ、なんでそんなに電話したがるの?寂しい子?(笑)』
私よりもひとつ年上のリスは、素直に面白がっているようだった。
さばさばした姐さん気質の彼女曰く、年上なのに子供っぽいヒマは面白いという。
わからない事もない。
チャットのメンバーの中では、私は一番ヒマと話が合った。
いつも明るいムードメーカな彼は、自分から話題を振ってくれたりして
案外細やかな気遣いをする人だ。
いい奴だとは思うよ。
話してて楽しいし、面白い。
けど・・・今はちょっと迷惑というか、なんというか・・・
だって、本当に電話をかける勇気なんてない。
ネットで知り合った人だよ?
そりゃ、携帯電話なんだし、いやなことがあれば番号は直ぐ変えられる。
でもでも・・・う〜ん。
迷っていたら、ヒマからのメッセージが表示される。
――『番号知られるのが嫌だったら、非通知でいいって。な?』
――『下手なナンパみたいだな』
――『うっさいわ!男相手にナンパかますかい!(笑)>ダーク』
ダークとヒマのやり取りをみて、ため息が出る。
そう、このチャットでは私は男だと思われているのだ。
別に男だと言った覚えはない。
だけど、何故だか男だと誤解されていた。
訂正する必要場もないし、男かと聞かれた事もない。
なんでそんな風に思われているのか、全然わからない。
確かに、普段の話し口調とネットでの口調は違う。
だからだろうか?
必要もないだろうと訂正しなかった・・・でも・・・
電話をすれば、声で一発でわかってしまう。
女だとばれるのはいいけど、皆を騙していたとは思われたくない。
それ程仲良くなかった頃ならば、騙されたと嫌われても何とも思わない。
だけど今は・・・仲良くなってしまった今は、皆に嫌われるのが怖かった。
――『ま、ヒロが嫌がってるならやめてあげなよ。電話が嫌な人だっているでしょ』
――『リスの言ってるのが正論。ヒマは潔く諦めろ(笑)』
――『うう、舞香もヒロと電話したいけど・・・あきらめる(涙』
大人なダークとリスの発言に、安堵の息をついた。
うん、これならヒマも諦めるだろう。
が、私の予想は甘かった。
リスとダークの発言くらいでは、ヒマのパワーが衰える事はないようだ。
――『なんで諦めるんじゃー!電話しようつーってるだけやんけー!』
――『子供か、お前は(苦笑)』
――『私で我慢しなさいな。今日も電話したじゃない(笑)』
――『一昨日は舞香とも話したよねー(笑)』
――『お前・・・男の僕には数回しか電話してこないのに・・・』
――『違うわい。男女関係ないっつーの。って、こいつらからかけてきたんだぞ(笑)』
――『やったね、ヒマ君人気者ぉ〜♪(笑)』
――『ちゃかすなや!リス!(怒』
――『え〜じゃあ、もしかして迷惑?(寂』
――『ちっがーう!ってかな。俺らはこうして電話もするじゃんか?』
――『まあ、結構な頻度で話してるな』
――『だろ?で、やっぱこうやってチャットで電話の話題になるじゃん』
――『あんたが振ってきてるからねぇ(笑)』
――『うっせぇ、そうじゃなくて(汗』
――『はいはい、だからなに?』
――『ヒロ!!』
かなり高速で流れる会話を眺めていたら、突然呼ばれて驚いた。
うん、それはね、チャットだから黙ってたらいけないのよ。
話に積極的に参加するために、チャットに入るんだから。
でも、なんか・・・リスとダークに遊ばれてるヒマが面白くって眺めてしまった。
ってか、舞香にも遊ばれている気がする。
――『はいはい、なんですか?』
――『お前も電話の会話についていきたいだろ?なあ?そうだろ?』
――『ああ、それで電話したかったのか。ヒマは本当にヒロが好きだね』
――『うっさいわ、おっさん。誰がホモじゃ!』
――『誰もホモだとは言ってないだろうが。ってか、誰がおっさんだ(怒』
――『う〜ん、ヒマなりのアプローチだったのかぁ〜舞香ちょっとショック』
――『おのれまでそんな事いうんかい!』
――『ヒマ・ホモ疑惑』
――『りーすー!!!(怒』
高速で流れる会話はさておき。
確かに、皆が電話の話をしている時、一人だけ誰とも話した事のない私は
少し疎外感を感じていた。
ムードメーカーで気遣い屋のヒマは、そんな私の事を心配しているんだろう。
『皆と仲良くなってくの面白いだろ?』
最初の頃、彼にそんな事を聞かれてイエスと答えた。
『もっともっと仲良くなりーや(笑)』
なんて、茶化していたけど・・・
そりゃぁね・・・疎外感なんて感じてたら、仲良くなれない。
う〜ん・・・かけて、みようかな・・・
この人は今かけないと、きっと多分ずっと言い続けるんだ。
それに、私を思って言ってくれた言葉だってのが、少し嬉しい。
――『ヒロ〜マジで最初は非通知でもいいからさぁ』
泣き言みたいなヒマの発言。
深くため息をついて、迷いながらキーボードを叩く。
――『わかった。今からかける』
――『おお!!(喜』
――『無理する事ないわよ〜ヒロ(笑)』
――『だーっとれや!リス(><)』
――『イタデンしてやれ。ワンギリ(笑)>ヒロ』
――『おっさん、俺をノイローゼにする気か!(笑)』
続けられる会話を尻目に、側においていた携帯電話を手に取る。
電話帳のボタンを押して、選んだのはヒマとだけ書いてある名前。
う〜ん、女だってばれたら・・・なんていわれるだろう。
怖いという気持ちと、気遣ってくれるヒマへの悪いなって気持ちが半々。
かけたくないなぁっと思っても、かけるって宣言したからには
やっぱりかけなくちゃ・・・
「もう、どうにでもなれっだ!」
独り言を呟いて、通話のボタンを押した。
ヒマという名前と、携帯ナンバーが
小さな液晶盤の中で点滅していた。
――『電話キターー!』
実況中継することもないだろうに、ヒマはチャットにそう入れる。
――『はいはい、ゆっくり話しておいで』
――『くどいちゃダメよ(笑)』
――『やっぱりヒマってホモだったのねーー(笑)』
皆は口々に、自分勝手なことを発言してる。
ああ、ドキドキする。
何を話せばいいんだろう。
耳元ではコール音。
プルルルルっとなる音。
突然、プツッとその音が途切れた。




「はい」
「も、もしもし・・・」
携帯越し、耳元で聞こえた声は、ちょっと高めの優しげなもの。
もっとおちゃらけた、落ち着きのない声だと思っていたのに
全然予想と違ってびっくりした。
「え?あ、あれ?えーっと・・・誰?なんか非通知になってるんだけど」
『ヒロ』のことを男だと思っているヒマは、私が誰だか気付かない。
それは当然だった。
向こうも、知らない相手からの電話で少しびっくりしているようだった。
そりゃ、そうよね。
男から電話だと思ったら、女が出たんだから・・・
「あ、え〜っと、あの・・・」
『ヒロです』と名乗ればいいだけの話だった。
でも、そんなネットでしか使わない名前・・・口に出したことなんてなくて
ついつい照れてしまう。
「あのさ、悪いんだけど。今知り合いから電話まってるんだよね。
急ぎじゃなければ、またにしてくれる?」
「あ、そ、そうですか・・・すみません」
いや、待ってるのってきっと私の電話でしょ?
謝る必要なんてないじゃーん。
自分で自分に突っ込みを入れる。
けど、なんか・・・私ったら少々パニック気味だ。
「で、君は誰?非通知だとわからないんだけど?」
優しげな声。
な、なんでこんなにチャットとイメージ違うの?
もっとこう、なんていうか。
『なんじゃお前。誰じゃ』
とかって反応なら
『ヒロじゃー!』
とかって、返せるのに!
自分勝手なことを思いながら、私は勇気を振り絞る。
そう、名乗らないと進まない。
「あ、あの・・・ヒロ・・・です・・・はい・・・」
「はぁ!?」
大きな声がして、耳がキーンとなる。
ああ、もう!わかるよ。
うん。
男から電話があると思ってたのに、女の声だもんね。
びっくりするよね。
「だから、あの・・・今チャットで話してる、ヒロです」
「・・・は?」
「だからーヒロなんだってばっ!」
再度聞き返されて、少しやけになって名乗り直す。
もー、何回も言わせないでよ。
唯でさえも、ハンドルネームを口にするのって恥ずかしいのに。
「・・・え〜っと・・・ヒロの妹さんとか?」
どうやら、電話の向こうの彼は、ヒロが女だという事実を認めたくないらしい。
こちらを探るようにして、優しく問いかける。
でもここで、妹だなんて嘘はつけない。
大体私には、弟はいても兄はいない。
って、これは関係ないか。
「いや、あの・・・本物。本人です」
「・・・マジで?」
「マジです」
突然、電話口から大きな笑い声が響いた。
「マジ!?いや、ホントのホント?お前女だったの?」
大爆笑に混じって、苦しそうに優しげな声が響く。
でも、大爆笑してては、その声も台無しだ。
ああ、やっぱりこの人、ヒマだ・・・
どんなに声が優しそうだからって、ヒマはヒマなのね。
「マジです!うっさいなぁ、男だ何て一言も言ってないじゃない!」
「あーはっはっは。ハラ、腹がイテェ・・・あはははは」
「もう!電話したからね、切るよ!」
何で女だからって、こんなに笑われるのよ。
泣きたいような情けない気分になって、有無を言わさず電話を切る。
ヒマのバカっ!



――『ヒロさーーーん!ごめんなさい。もう一回電話くださーい!!!(願』
――『嫌だ』
電話を切ると、速攻でメッセージが入れられた。
ムカついていたので即答で拒否する。
だって、そりゃ〜怒るでしょ?
なんであんなに笑われるのよっ!
――『あ、ヒマが振られた』
――『一体何をしたんだ(苦笑』
――『あらら、ヒマはきらわれちゃったのね』
――『うっさいわ、ものども!ヒローマジでごめんって。もっかい電話くれぇ(懇願』
――『嫌な物は嫌だ』
――『ひろぉ〜ん。ひろりーん。ひろさまー。俺が悪かったって(涙』
――『マジ切れしてる?(汗>ヒロ』
――『ヒマ・・・お前ホントに何したんだよ・・・』
――『う〜・・・俺が悪かったから、もう一回電話くれよぉーひろぉ(哀願』
一生懸命お願いするヒマに、もう一度電話をする気にはなれなかった。
なんて返事をしようか迷っていたら、信じられない発言が画面に映し出される。
――『電話くれなきゃ、お前の秘密をばらす!>ヒロ』
――『きたなっ!お願いが通らなかったら脅し?(笑)』
――『っていうか、舞香はヒロの秘密が気になるなぁ(笑)』
――『ヒマ・・・汚い奴に育っちゃって、お兄さんは悲しいよ』
――『なんとでも言えーヒロが電話をくれないなら、俺は泣くぞー』
――『泣けば?』
取り合えず、何と言われても電話をする気にはなれない。
冷たく言い放ってやった。
この場合は書きはなつ、かな?
――『ひどっ!ヒロぉ〜ん、そんな事言っちゃやだぁ。あたし泣いちゃう』
――『ヒマがオカマになった!?Σ( ̄□ ̄;』
――『で、ヒロはなんでそんなに怒ってるの?何か言われたの?』
――『ちょっと、ね』
――『あ〜あぁ、せっかくヒロが勇気を出して電話してくれたのに・・・ヒマのアホ』
――『これじゃあ、舞香とも話してくれないかなぁ?』
――『う〜ん、電話は元々苦手だし・・・ごめんね>舞香』
――『ヒマのバカーー!』
――『ああ、舞香まで怒っちゃったよ』
――『あれ、ヒマ?』
――『消えたか?』
リスとダークが呼びかけても、ヒマは返事をしなかった。
怒ったんだろうか?
でも、向こうが怒るのはおかしい。
怒っていいのは私の方でしょ?
その日は、それ以上会話をする気にならなくて直ぐに退出した。
ヒマは戻ってこなかった。
皆は口々に何があったか知りたがっていたけど、説明するわけにもいかない。
やっぱり、女だとばれてしまったらここには居られないんだろうか?
寂しい気持ちになりながら、私は眠りに付いた。
その夜はとても悲しい夢を見た気がする。
よく覚えていないけど、ヒマの優しげ声を聞いた気がした。




深夜10時。
御飯も食べて、宿題も済ませて、お風呂にも入った。
後は寝るだけの体勢を整える。
この時間には、誰かしらチャットルームにいる時間帯。
用事がなければ、私だっていつも遊びに行ってる。
だけど、今日はそんな気分にはならない。
だってねぇ・・・昨日の今日でどんな態度をとればいいの?
この時間になると、ヒマはチャットルームにいるはず。
あああああ!もう!
苛立ちながらも、ついいつもの癖でパソコンの電源を入れた。
チャットに参加するべきか・・・どうするべきか。
パソコンを立ち上げてしばらくすると、ポーンという音が響いた。
これはメール着信音。
私のパソコンは、立ち上げると同時にメールソフトが機動するように
設定しているから、多分何かのメールが届いたんだろう。
差出人の欄には『masahiro.o』
見たことないメールアドレスだ。
また何かの悪戯かと思って、消そうとしたら・・・件名が気になった。
『ヒマです。昨日はごめん』
いやいや、だからってあのヒマとは限らない。
『暇です』かもしれないじゃない。
開いた途端ウィルスメールとかだったら、しゃれにならない。
う〜ん・・・でも・・・『昨日はごめん』って・・・
やっぱりあのヒマなんだろうか?
開いてみるか・・・ウィルスだったら・・・それはその時だ。
新着メールを選んで、ダブルクリックした。
開いたメールは、予想通りヒマ本人からのものだった。

『 ヒロへ

 さっきはごめん。本当にごめん。
 男だと思ってたお前が、女の子だったんで驚いたんだ。
 別に馬鹿にして笑ったわけじゃないぞ。
 っていうか、ホントに女なのか?
 今まで、好みの女の子の話とかもしたじゃん・・・そりゃ、男だと思うって。
 いや、ああ、えっと、騙されたとか思ってるわけじゃない。
 よく考えたら、お前は自分の事男だなんて、一言も言ってないもんな。
 で、さっきの電話は、俺が悪かった。
 心の底から謝る。
 お前が俺を嫌いになったんなら、それは仕方ないかもしれない。
 けど、こんな事で嫌われるのは寂しい。
 今回の件は、完璧に俺が悪い。
 でもさ、俺を嫌いになったからってチャットからいなくなるなよ?
 お前がいやなら、俺が出て行くから。
 出来たらちゃんと謝りたい。
 許してくれる気になったら、よかったら電話ください。
 あ、非通知でもいいからな。
 お前のことだから、俺と気まずくなってチャット行きたくないとかって
 考えてないか?
 それなら、俺が出て行くんで、お前は気にしないように。
 もしも、またチャットで話してもいいって気になったら連絡くれ。
 出来たら電話で。
 いや、マジで謝りたいだけだから。
 俺はそっちから連絡くれるまで、チャットは謹慎しておくよ。
 ホントに、ごめん。

 追伸 秘密をばらすって言ったの、嘘だからな。
   
    反省しまくっている ヒマより』

さっきはって、何よ?
昨日じゃないの?
受信日をみたら、確かに昨日届いていたものだった。
ってか、私あれから30分近くチャットにいたのよ。
パソコンつけてるんだから、その間にメールが届いていたら気付かないはずない。
ってことは、それ以後に送られてきたもの。
あいつったら、そんなに時間かけてこの文章を書いてたっていうの?
馬鹿みたい。
なんだか、おかしくて笑ってしまう。
そりゃね、ちょっと傷ついたよ。
あんなに笑われればね。
けど・・・ヒマもかなり気にしてたんだね。
こんな文章を一生懸命書いてたなんて・・・
仕方ないなぁ・・・電話してやるか。
怒りはどこかへ消えていた。
焦っているヒマの様子が、手に取るようにわかる文章で
なんだか気持ちが和んだ。
連絡しなければ、本当にチャットにはもう現れないだろう。
だって、結構律儀なところがあるんだもん。
私のせいで、あんなに仲の良いところの雰囲気を壊すのはいやだった。
何よりも、ヒマはもう大切な友人だった。
本当は、男だと誤解を招いた私が悪いんだし・・・ね。
携帯を手にして、発信履歴からヒマの名前を見つける。
今度は・・・非通知にしなくてもいいか。
呼び出し音が数回。
「はい?誰?」
昨日聞いたばかりの、優しい声がした。
「ヒロ」
一言だけなのると、嬉しそうな声が謝ってきた。
その声は、なんだか可愛くて・・・ま、許してやるかって気にさせられた。



なんでこんな事になったんだろう?
今更だけど、頭を抱えて悩みそうになる。
駅の改札口の前に立って、私はそんな事を考えていた。
この改札を抜けたら、待ち合わせの場所に着く。
あと5分で約束の時間。
早い人はもういるかもしれない。
うっ・・・胃が痛くなってきた。
何で私ったら、こんな約束を承諾したのかしら?
思いだすのは、一週間前。
仲直りの電話で話していると、ヒマが言い出した。



「なあ、皆に女だって言わないのか?」
「う〜ん・・・別に隠してるわけじゃないから、言ってもいいんだけど。
いう機会がないんだよね」
「なら、俺が言ってやろうか?ってか、やっぱ隠し事は無しにしたいしさ」
「そうだね、それもいいかもね」
「じゃ、決行だな。電話切ったら直ぐチャットへゴーだぜ」
耳障りのいい声に騙されたというか、乗せられたというか・・・
私の承諾を得て、ヒマはその日のうちに皆に公表したのだ。

――『驚きの事実!ヒロは女の子だった!』
――『は?』
――『狂ったか?ヒマ』
――『嘘!!舞香ショック!』
――『ああ、やっぱりそうなんだ』
――『マジっすか!?ヒロさん憧れのお兄さんだと思ってたのに!(涙』
運がいいのか、悪いのか・・・全員が揃っていた。
反応はさまざまだった。
驚いたのは、やっぱりといったカガミの発言。
――『やっぱりって、知ってたの?>カガミ』
――『いや、何となく女の子かなって思ってただけ>リス』
――『すげーモテ男の鑑!女の子なら直ぐにわかるんだ』
――『こらこら、ユースケ。誤解を招くような言い方するな(苦笑)』
――『だってー俺と知り合ってから何人彼女が変わったかわかってます?(笑)』
――『今は彼女一途だから、過去のことは忘れてくれ(笑)』
――『えっと、黙っててごめん。言い出し辛くてさ』
――『電話出たら、可愛らしい女の子の声がするわけよ。びびったね』
――『もしかして、昨日の電話はそのせいだったの?』
――『大笑いしちゃった!(笑)』
――『ヒマ・・・それはお前が悪い。謝れ』
――『謝ったわい。謝りたおしたっつーの!(涙』
――『でも、要所要所に女の子かなって思わせる話してたよ』
――『カガミってすごいわ、私全然気付かなかった。ごめんねぇ、ヒロ』
――『謝るのは、こっちの方だよ。ごめん、リス』
――『皆が男扱いするから、俺の勘違いだと思ってた。ごめんな、ヒロ』
――『だから、悪いのはこっちなんだって(汗>カガミ』
――『えーでも本当に女の子なんだぁ・・・びっくりしちゃった』
――『びびるぞーめっちゃ可愛らしい声だしやがるんだぜ、そりゃ笑うって』
――『・・・なんで怒られたか、わかってないようだなぁ・・・(怒>ヒマ』
――『うっそーん。ごめんってばー怒らんといてぇー(涙』
――『へぇ、可愛い声なんだ。僕も聞いてみたいな』
――『ダークのエッチ☆』
――『男がエッチじゃなきゃ、人類滅びるんだよ?舞香(笑)』
――『私もヒロの声聞きたいー!ヒロー電話してーっていうか、番号教えてぇ(願』
――『舞香も聞きたい!』
――『俺も俺も!』
――『俺も聞きたいかな』
――『全員かい!お前ら暇人だな(笑)』
――『つーか、全員に電話する金はないぞ(汗』
――『だから番号教えてってば』
――『教えてくれたら、僕もかけるよ(にっこり』
――『舞香もかける!』
――『ユースケもかける(笑)』
――『じゃあ、カガミもかけるって事で(笑)』
――『ぜ、全員か!(滝汗』
――『ヒロ君人気者ぉ〜ん♪』
――『黙れ、ヒマ。ってか、じゃあ、番号知りたい人メールくれ。そっちで教えるから』

結局、全員からメールが来た。
チャットでかける順番が決められて、年功序列と言い出したダークを皮切りに
その晩は、長いこと電話をするハメになった。
こんなに長時間電話するのって久しぶり。
全員と話し終えてベッドに入ったのは、深夜の2時をまわってから。
最後にヒマからかかってきて
『お前が女でも、大丈夫だっただろ?』
って、言ってくれたのが嬉しかった。



そう、そこまではいいのよ。
うん。
その日から、リスと舞香に女の子同士の話もしようって言われて
3人だけで男厳禁の秘密のチャットとかしたりして・・・
確かに前より親しくなった。
それは嬉しかったわよ。
だーけーど。
何で今の事態に陥っているんだろう?
いつの間にか『ヒロさんを囲んでおしゃべりをしよう!オフ』って企画が持ち上がった。
言いだしっぺは、ユースケ。
舞香と同じ年で、最年少の15歳。
くったくない少年は、バイタリティに溢れる子だ。
というか、15歳組みは元気がいい。
――『オフ会やりたーい。皆にあいたーい。ヒロさんに会いたーい!』
ユースケの言葉に、最初にダークが反応した。
――『いいね、オフ会やったことなかったし、丁度いい機会かもね』
ダークは、このチャット部屋の主。
皆が集まる場所を提供してくれている人だ。
そうだからなのか、最年長だからなのか・・・彼が乗り気だと事が早く進む。
――『じゃあ、今度の日曜。○○駅の入り口で2時に待ち合わせね』
――『はやっ!あと4日もないですが?』
――『僕はその日、オレンジのジーンズ穿いて行くから。それが目印(笑)』
――『オレンジのジーンズって!趣味悪っ!(爆笑)』
――『ヒマは、赤と白のボーダーシャツを着るように』
――『そんなん持ってません!つーか、似合いません(泣』
――『それなら持ってるもので目立つもの』
――『・・・紅いテンガロンハット被って行く・・・(涙』
――『オレンジのジーンズに、赤のテンガロン・・・どっちもどっち(笑)』
――『うっさいわい。俺の趣味と違うわい(笑)』
――『なんでそんなもの持ってるの?(笑)』
――『前の彼女に貰った・・・流行ってる時に(汗』
――『趣味の悪い彼女だったのね。まあ、ヒマを恋人にするくらいだしねぇ』
――『殺すぞ、リス・・・(泣』
――『俺、その日は参加できないっすよぉー(汗』
――『次の機会に期待しなさい>ユースケ』
――『ダークさ〜ん(号泣』
こうして、妙なタイトルのオフ会が開催される。
勿論、オフのタイトルがタイトルだけに、私に拒否権はない。
部活で参加できないユースケと、塾を抜けられない舞香の15歳組みを覗いて
全員が集まることになった。



そして、今日に至る。
ああ、やっぱり何が何でも拒否するべきだったかも。
時間が近づいていくにつれて、後悔してきた。
なんでOKをだしてしまったんだろう。
そりゃ、ちょっと興味はあったよ。
チャットで話すようになって3ヶ月。
かなり仲良くなっていたから、皆が本当はどんな人なのかって
すっごく気になってた。
だから・・・OKしたんだけど・・・
ネットで知り合った人と会うなんて、今までの私では考えられない。
っていうか、今も考えられない。
目の前の改札を抜けたら、待ち合わせの場所。
約束の時間まで、あと5分切った。
そのまま引き返したくなる。
ああ、本当にどうしようっ!




                                            【続】
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