そこに存在するもの  14(最終話)




祈りは、いつか届くのだろうか。
あの高く澄んだ空に溶けるように・・・
誰かを思って流す涙は、とてもきれいだと思う。
それは、自分が悲しくて泣いているのだろうけど。
涙は空気に溶けて、祈りは光になって・・・
いつか、幸せになれますように。
無力な人間は、祈る事しか出来ない。
だけど・・・他人のために祈るのなら、それも悪くない。
今は、そう思える。
そこに優しさがあるのならば・・・それも悪くない。
悲しくないわけじゃない。
寂しくないわけじゃない。
優しくなりたい。
ただ、それだけ・・・

優しい風の吹く丘で、思い出す。
あの優しい記憶を・・・

幸せですか・・・?




全てが嘘のようだった。
日に日に衰弱していくわけでもなく、未来はよく笑った。
ただ、病院生活は続いている。
コウにもおハルにも、俺から真実を打ち明けたのは、
クリスマスの頃。
2人とも信じられないと泣いていた。
俺も信じられなかった。
ずっと未来と一緒に居ても、まだ信じられない。
もうすぐ桜の咲く季節が来る。
もって半年。
そういわれた季節がもうすぐ来る。
だけど未来は、元気だった。
確かに痩せた。
痩せて細い腕にはいつも点滴の痕が残ってる。
その腕を見るのは、とても辛い。
気が緩んだら泣きそうになる。
けど、もう泣かないと決めていた。
これ以上未来を苦しめたくないから。
穏やかに流れる優しい時間は、お互いの気持ちを誤魔化しているだけかもしれない。
逝ってほしくない。
繋ぎとめられるのなら、そうしたい。
そんな術は見当たらず、ただ時間だけが過ぎていく。
それならば、それでいい。
その時間が優しいものならば、それで・・・
もうすぐ咲く桜を一緒に見れるのなら・・・それで・・・
「もうすぐ、桜が咲くね」
俺の考えている事がわかったのか、未来は微笑んで窓の外に目を向ける。
「あの丘の桜も、もう咲いてるかな?」
「どうだろ。あの桜は早いからなぁ〜咲いてたら一枝貰ってくるな」
暗い考えを押し込めて、剥きたての林檎を未来に渡す。
未来はそれを受け取りながら、呆れ顔で笑った。
「だーめ。桜が可哀相でしょ」
「一枝くらいいいじゃんか」
「だめです〜」
「ケチだなー。だってさ、この病院桜の木ないじゃんか。
やっぱ季節物は楽しみたいしさぁ・・・ダメ?」
「だーめ」
クスクス笑いながら、未来は林檎を頬張った。
剥きたての林檎は、シャリッと小気味良い音を立てる。
「ちぇー。なら花屋で売ってるヤツ買ってくるっきゃねーな。
けど花屋のはどうも元気がないような気がしてさぁ」
「堂本君がお花買うの?にあわなーい」
「なんだと!失礼な!俺だって、女に花を贈るくらいするぞ」
「だって、お見舞いでだって花束持ってきた事ないじゃない。
いつも食べ物だもん」
「そりゃ!・・・お前には・・・桜が似合うと思ったから・・・」
他の花なんて似合わない。
桜が一番似合う。
花を買おうと思ったことは何度もあった。
だけど・・・桜以上に似合う花なんて見つけられなかったんだ。
「なあ・・・未来・・・結婚しねーか?」
ずっと思ってた言葉を口にする。
好きだといったあの日から、俺達に甘い時間があったわけじゃない。
「え?」
「桜が咲いたら、俺の嫁さんになってくれねぇか?」
「何・・・言ってるの?」
「プロポーズ」
好きだと思う。
ずっと、ずっと。
もしも桜が咲く頃、お前が傍に居てくれたら・・・
言おうと思ってたんだ。
俺は、お前の安らぎになれるかわからない。
傍にいてほしい。
「・・・私・・・お兄ちゃんが好きなのよ?」
「知ってる」
「もうすぐ・・・死んじゃうよ?」
「死なねぇよ。ずっと、俺の傍にいろよ」
微笑んだ未来の瞳から、涙が落ちる。
いつの間にか、俺も泣いていた。
「ばかね・・・堂本君。本当にバカ」
「ひでーなぁ、人の一世一代のプロポーズを」
病室で・・・もうすぐ死んでしまうかもしれないヤツに向かって
林檎を食べながらのプロポーズなんて、間抜けだ。
だけど、それはすごく俺らしいと思う。
俺はいつでも、バカで、間抜けで、何も出来ない。
だから、俺らしい。
「桜が咲いたら、お兄ちゃんが死んじゃった季節になる。
忘れられない夜が来る・・・私・・・堂本君が好きだと思う」
「なら、頷けよ」
俺の言葉に、未来は頷いてはくれなかった。
「堂本君のこととても大切よ。でもこれは恋じゃない。
きっと・・・恋じゃないの・・・私は今でも、お兄ちゃんが迎えに来てくれるのを待ってる」
「そっか」
振られるとは思ってた。
いや、振ってくれると思ってた。
お前は優しいから。
だから、俺もお前の優しさに答えるよ。
「ちぇ・・・振られちまいましたか。
これでお前が結婚してくれたら、和希さんを悔しがらせられると思ったんだけどなぁ」
「何、それ」
「なんつーか、負け惜しみ?和希さんには負けっぱなしだったからさ」
「そうなの?」
未来は、悔しがる俺がおかしいのか、クスクスと笑い声をたてた。
ホントに、負けっぱなしだったんだよ。
男としても、人間としても。
あの人に勝ちたいって、俺いつも思ってたんだぜ。
「私・・・ね。桜が咲いたらお兄ちゃんが迎えに来てくれる気がするの」
何を考えているのかわからない、曖昧な微笑みを浮かべて、未来は窓の外を見る。
ここからは見えない、桜の丘を思い出しているのかもしれない。
「何言ってんだよ。んなバリバリ林檎食ってるやつが」
「も〜すぐそうやって茶化すぅ」
ぶうっと口を尖らせて、拗ねた顔をする少女。
いや、もう少女じゃないな。
なあ、未来。
俺、最近思うんだ。
お前は俺に甘えてくれる。
それが嬉しい。
その顔が、いつか見た和希さんの記憶の中の表情と、とても近い気がするから。
和希さんの様に、お前を支えていられるかな、って思うんだ。
「はいはい。さってと。そろそろ時間も時間だから、振られ男は帰りますわ」
林檎でべた付いた手を舐めて立ち上がると、未来が傍にあるティッシュを渡してくれた。
「ねえ、堂本君。ありがとうね・・・いつも来てくれて。
堂本君がいたから、寂しくなかった。堂本君がきてくれるの待ってたんだ」
「なんだよ、突然」
「幸せになってね。私が死んだら・・・少しは泣いてもいいけど、幸せになってね」
未来の言葉は、優しかった。
俺を思いやってくれてるのが、わかった。
泣きそうになるのを堪えて、悪態をつく。
涙がこぼれてしまわないように。
「泣かねーよ。バーカ」
「嘘、堂本君って泣き虫だから泣いちゃうもん」
「泣きませんー」
「意地っ張り。今だって泣きそうだよ?」
人の努力を・・・
「・・・おっまえ、やな女だなぁ〜」
「うん、私やな女なの。堂本君もお兄ちゃんも好きで・・・
傍にいてくれる堂本君をおいていく・・・やな女なの」
「そういう意味じゃねぇよ」
「知ってる。堂本君は優しいって・・・知ってる。だから幸せになってほしい。
ねえ、今ならお兄ちゃんの気持ちが良くわかる。
幸せになれって言ってくれたお兄ちゃんの気持ちが凄くわかる。
大切だから、大事だから、幸せになってほしい」
「・・・なら、お前だって幸せになれよ」
「幸せよ。すっごく幸せ」
迷いのない言葉と眼差し。
「ばーか」
俺はそれしか言えない。
「明日さ、花屋見てくるから。とびっきりの桜探してきてやる。
お前は桜が咲いても俺の傍にいるよ」
未来は何も言わずに微笑む。
夕日が病室をオレンジ色に染めていった。
「ありがとう」
俺が最後に聞いた、未来の言葉だった。




翌朝。
病院に行ったら、未来の病室の前には面会謝絶の札が掛かっていた。
来るべき時が来たのだ。
慌しく出入りする医者や看護士を眺めながら、
手にした花束をじっと見つめた。
早咲きの桜は、薄いピンクの花びらを揺らしていた。




温かな風が吹く。
春をつれて来る柔らかな風。
もう物言わぬ姿になった未来の胸に、持ってきた桜を一枝置く。
未来は可哀相だからといったけれど・・・
あの桜の大木に咲いた、一枝の桜。
未来と和希さんの思い出の桜。
これが、和希さんへの道しるべになるように。
冷たい頬に手を当てて、触れるだけのキスをする。
好きだった。
とても、好きだった。
和希さんに勝てないってわかってても、好きだった。
俺が俺として、初めて交わすキスは・・・ただ切ない。
未来は望まないかもしれない。
和希さんには怒られるかもしれない。
けど、これは決別のキスだから・・・許してくれよな。
死んでしまったら全てが終わりだと思ってた。
だけど、俺は和希さんを知った。
死んでもなお、終わらない想いを抱える人を知った。
だからきっと・・・和希さんは迎えに来てくれてるよな?
今の俺には見えないけれど、きっと2人は一緒にいるよな?
わからない・・・
なあ、未来・・・今は幸せか?
恋が叶ったか?
傍にいけたか?
未来、未来・・・今お前は幸せか?
和希さん、今は未来を抱きしめていますか?
俺は、未来が好きだった。
それは、和希さんのような激しさでもなく
コウのようなしたたかさもなく
ただ、淡い恋だったのかもしれない。
和希さんと出会わなければ、自覚する事もなかっただろう恋。
そこに存在する、その全てを愛していたのだろうか。
ただ幸せを願い。
笑顔を望んだ。
確かに、あれは恋だった。
だけど・・・叶わなかったな。
最後まで、和希さんには叶わなかった。
あんなに激しく愛せたとは思わない。
いつか俺も、あんなに激しい恋をするんだろうか?
全てをかけてもいいほどの恋をするんだろうか?
そのときは、きっと2人を思い出す。
命を懸けても、愛を貫き通した2人を。
病める時も、健やかなる時も、死が二人を別つても・・・変わることの愛を貫いた二人を。
誰かを好きになるたびに、俺は2人を思い出すだろう。
お前が俺の幸せを望んでくれた。
だから・・・俺は幸せになるよ。
いつなれるか・・・約束はできないけど。

今は、幸せでいますか?
笑顔でいてくれていますか?

ただ、空を仰ぐ。
晴れ渡った空に、一片の桜の花びらが舞う。
何処から流れてきたんだろう。
まるで、和希さんが未来を迎えに来てくれたような気がした。
今は、泣いても許されるだろうか。
なあ、未来。
これは悲しいからだけじゃなくて、お前の幸せを願う涙なんだ。
和希さんと、お前の幸せを・・・祈ってもいいかな?




夢をみた。
あの懐かしい桜の丘。
和希さんと初めて会ったあの丘。
未来と和希さんの特別の場所で、2人が笑っていた。
寄り添って、幸せそうに笑っていた。
その姿を見ただけで、俺も幸せな気分になった。





【了】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

「そこに存在するもの」完結です。
皆さんにハッピーエンドを望まれましたが
こんな形になってしまいました。
私的には、これもひとつのハッピーエンドなんですけどね。
どうしようもなく優しい気持ちがあるんですよ。
人を思う時。
自分の幸せと好きな人の幸せが繋がらない。
じれったいけれど、好きな人の幸せを望む。
堂本君はそんな人だと勝手に解釈いたしました。
お怒り、ご不満ございましょうが、
これもひとつの愛の形という事で、お許しください。
計算してみると、原稿用紙250枚にも昇るこの長く暗いお話。
今まで飽きずに読んでくださって、
本当にありがとうございました。
最後くらいは真面目にね(笑)






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