天使の誘惑〜始まり




お兄ちゃん、桜が咲いたよ。
また今年も、私はここにいる。
お兄ちゃんとお別れした、この桜の丘に。
桜の木にもたれて、散っていく花びらを眺めていると、どうしても、あの夜を思い出す。
月の明かりに照らされた、薄いピンクの花びらが、私たちを包んでいた。
あの怖いくらいに綺麗な夜。
お兄ちゃん、私、少しは笑えるようになってきたよ。
大学も毎日忙しい。
親友と呼べる人も出来たの。
春子っていってね、とっても元気で優しい。
堂本くんは、明るくていつも私を笑わせてくれる。
それに、コウ君・・・泣いてばかりいた私を、日常に戻してくれた。
皆大切な友達。
でもね、お兄ちゃん。
私の時間は、あの時止まったままだよ。
お兄ちゃん、どうしてかな。
お兄ちゃんが居なくなって、初めて気が付いたの。
私、お兄ちゃんの事好き。
この気持ちをきっと恋って、呼ぶんだと思う。




「お兄ちゃ〜ん?」
リビングに行っても、お兄ちゃんの姿が見えない。
おかしい、毎朝私よりも早いのに
私は、どっちかっていうと、寝起きは悪いほう。
それとは逆に、お兄ちゃんは朝に強いから、毎朝起こされる。
でも、今日は珍しく自分で起きた。
お兄ちゃんが寝坊したのかな?
ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら、階段を駆け上り、
お兄ちゃんの部屋のドアをノックした。
「お兄ちゃん?寝てるの?」
何回ノックしても、お兄ちゃんの返事はない。
ちょっと迷ったけど、ゆっくりドアを開けてみた。
カーテンが引かれたままの部屋は、ちょっと薄暗い。
「お兄ちゃん?」
ベッドの上に人が寝ているのを確認して、近づく。
「・・・んっ・・・未来?」
薄暗いけど、顔が確認出来る位まで近づくと、お兄ちゃんが目を開けた。
なんだか、顔が赤くて、呼吸が苦しそうだ。
「お兄ちゃん!どうしたの?」
額に手を当てると、やっぱり熱い。
私だとちょっと熱がある、程度の熱さだけど
平熱の低いお兄ちゃんからしたら高熱ってくらい熱い。
「熱があるよ!」
「うん、そうみたいだね・・・ちょっとだるいから、もう少し寝かせて」
お兄ちゃんは、それだけを言うと、またまぶたを閉じた。
さっき額に触れた感じだと、結構な高熱だと思う。
冷やさないと!
急いで台所まで降りて、冷凍庫の中のアイス枕を取り出す。
冷たすぎるといけないから、それを包むタオルも一緒にもって
あ、洗面器に氷水と、もうひとつタオルが必要だ。
額も冷やした方がいいよね。
今日は水曜だから高校に行かなくちゃいけないけど
でも、あんなお兄ちゃんを一人で放っておくことなんて出来ない。
休むことを決定して、私は学校に電話をかける。
お兄ちゃんが知ったら、心配するかもしれないけど
学校なんかよりも、お兄ちゃんの方が大切だもん。
仕方ないよね
起こさないように細心の注意をはらって、お兄ちゃんの部屋に入る。
お兄ちゃんは結構キレイ好きだ。
いつも部屋はきちんとしている。
部屋からは、いつもしている甘いムスクの香がした。
「ちょっと、頭上げてね」
起こさないように小声で断ってから、頭を抱えて、その下にアイス枕をしいてから
氷水で冷やしたタオルを額の上においた。
少し苦しそうな吐息が、お兄ちゃんの薄く開いた唇から漏れる。
やっぱり、辛いんだろうな・・・本当はクスリも飲んでほしいんだけど
今は起こさないほうがいいよね。
細くて柔らかい、男の人にしては長めの髪が、汗で頬に張り付いている。
色素の薄い髪。
長い睫。
お兄ちゃんはキレイだと思う。
カッコいいというよりも、キレイって言葉が似合う。
男の人にそんなこと言うの失礼かもしれないけど、
私はきれいなお兄ちゃんが大好き。
「おかゆ、作ろうかな」
額のタオルをかえてから、私は立ち上がった。
「・・・未来・・・み・・らい」
部屋を出ようとして、呼ばれる。
振り返ったけど
「寝言?」
顔を覗きこんだけれど、お兄ちゃんは寝ている。
私の夢でも見ているのかな・・・なんだか嬉しい。




コンコン、静かにノックした。
返事はない。
まだ寝てるのかな。
おかゆの入った、小さな一人用の土鍋と器、それと解熱剤をトレイにのせて
私はもう一度お兄ちゃんの部屋に入った。
「お兄ちゃん?起きれる?」
トレイを机の上において、ベッドの傍にかがみ込む。
こんなに間近で顔を見たのは、本当に久しぶり。
最近お兄ちゃんは、忙しいといってあまり私の相手をしてくれなくなった。
理由は多分、彼女が出来たから。
黙っているけど、知っている。
この間街で見ちゃったんだ、お兄ちゃんが女の人と歩いているところ
綺麗な人だった。
ちょっとキツイ感じのする美人。
お兄ちゃんと腕を組んで歩いてた。
お兄ちゃんも笑ってた。
何だか悔しくて、
『そこは私の場所だよ!お兄ちゃんの隣は、未来のものだよ!』
って言いたくなったけど・・・
そんなのおかしいよね・・・兄妹なのに。
お兄ちゃんがいつか、彼女を連れてくるかもしれない。
お嫁さんにしたいって、言うかもしれない。
そしたら、私の居場所はどこにいっちゃうんだろう。
ずっと傍にいてくれるって、お兄ちゃんは昔約束してくれたけど
妹よりも恋人の方が大切だよね。
ねぇ、お兄ちゃん。
だから、怖くて聞けないよ。
聞いてしまって、お兄ちゃんが未来よりもその人を大切だって言ったら
私の居場所はなくなってしまう。
そう思ったとき、私の頬を涙が伝った。
おかしいよね。本当に血の繋がった妹だったら、こんな気持ちにならなかったのかな
なんで、お兄ちゃんと私は、血が繋がってないのかな
「未来・・?泣いているの?」
いつの間に起きたのか、お兄ちゃんの手が、優しく私の頬に触れた。
「どうしたの・・・お兄ちゃんに言ってみなさい」
熱に浮かされているのか、寝起きだからなのか
お兄ちゃんの目はとろんとしていて、なんだかドキドキした。
「な、なんでもない・・・なんでもないの!
お兄ちゃんがこのまま起きなかったらどうしようって、そう思って」
必至に誤魔化したつもり、多分成功したかな・・・
だって、お兄ちゃんの恋人に焼きもち妬いたなんて知られたら
呆れられちゃう。
「ばかだな。僕が未来を一人にするわけないだろ・・・
ずっと傍にいるって言ったじゃないか」
優しいお兄ちゃんの笑顔。
いつもだったら嬉しいはずなのに、今日は違った。
だって、お兄ちゃんもいつかは恋人の所へ行ってしまうくせに
「・・・私この間見ちゃった。お兄ちゃん恋人いるでしょ?美人だよね・・・
恋人がいるのに、いつまでも妹の傍になんかいれる訳ないよ」
自分の言葉に、涙が溢れた。
お兄ちゃんは具合が悪いのに、こんな時に、こんな事を言って困らせる。
私は悪い妹だ。
「ごめん、ごめんなさい。おかゆ作ったから食べて・・・私、部屋に行くね」
お兄ちゃんの手を振り払って、立ち上がろうとすると
腕を掴まれて、引き寄せられた。
部屋中に微かに香る、甘いムスクの香。
その瞬間、それが一番きつく感じられる腕の中に、私は居た。
抱きしめられるような形で
「何を見たのかわからないけど、それは友達だよ」
ため息交じりのお兄ちゃんの声。
上半身だけベッドの上に起こして、私を抱きとめるお兄ちゃん・・・
熱のせいで鼓動が早くなっているみたいで、どくどくと心臓の音が聞こえる。
「嘘!だって腕組んであるいてたじゃない」
自分でもヒステリーを起こしてるって分かる。
でも、お兄ちゃん。
私を置いて行かないでよ。
我がままだってわかってるけど、もう少しこのままで居させてよ。
ボロボロとこぼれる涙が止められない。
こんな顔見られたくなくて、お兄ちゃんの胸にすがるようにして顔を隠した。
「未来、僕が信じられない?」
「だって・・・」
いつまでも拗ねている私に呆れたのか、
深いため息の後、お兄ちゃんの指が私の頬に当てられて、上を向かされる。
息がかかるくらい近くに、お兄ちゃんの綺麗な顔。
ううん、かかるくらいじゃなくて、かかってる。
お兄ちゃんの熱い息が、私の頬を撫でる。
「・・・お前が見たのは友達だよ・・・僕が、僕が好きなのはね・・・」
お兄ちゃんの瞳がじっと私をみつめている。
初めてみる、何だか熱のこもった熱い視線。
真剣なまなざし。
その目には私しか映っていなくて。
私の頬を包み込むその手、親指が無意識なのか、私の唇を撫でている。
何だか分からないくらいドキドキしていた。
熱い視線に、身体が溶かされていくような気がして、息が出来ない。
「・・・お、にい・・・ちゃん・・・」
やっと搾り出した声に、お兄ちゃんがビックっと震えた。
自分の行動にびっくりしたように、目を見開いてから、私から離れた。
「・・・ごめん・・・何でもない・・・」
「・・・・うん」
お兄ちゃんの手が離れても、私はドキドキして動けなかった。
身体全体が心臓になったような動悸。
「おかゆ、ありがとう。食べたら寝るから・・・ごめんね。心配かけて」
優しく微笑んでいるけど、いつもと違う。
悲しそうな笑顔。
「僕はね、いつまでもお前の傍にいる。お前が幸せでいられるように
約束しただろう?」
何だか恥ずかしくて、私は頷くだけしか出来ない。
多分真っ赤な顔をしているんじゃないかな。
「学校はどうしたの?僕は大丈夫だから、行っておいで」
「・・・・うん・・・ちゃんと眠ってね」
それだけいうと、私はお兄ちゃんの部屋から逃げるようにして出た。
ドアを閉める瞬間、ため息を聞いた気がしたのは気のせいかな?
その日、学校に行くように言われたけど、
何だかドキドキしすぎて、頭が混乱してしまって行く気になれなかった。




お兄ちゃんを好きだと気が付いてから、思い出した高校時代のあの日。
お兄ちゃんが、熱を出して寝込んでしまった日。
ずっとずっと気になってる。
お兄ちゃんはあの時、何を言おうとしたんだろう。
ねぇ、今ならなんとなく分かるの。
お兄ちゃんは、私を好きでいてくれたんじゃないかな
妹としてじゃなくて、一人の女の子として
私の思い違い?ただのうぬぼれ?
でも、あの熱い瞳には愛が合ったような気がするの。
あの時は、お兄ちゃんへの気持ちが恋だなんて気づかないでいた。
ごめんなさい、私は子供だったね。
ねぇ、お兄ちゃん大好きだよ。
お兄ちゃんがいないと、未来はどうすればいいのかわからないよ。
会いたい、ねぇ、とても会いたい。
会って、抱きしめて、愛しているといいたい。
妹としてじゃなく、一人の女の子として
あなたを愛しているって伝えたい。
「・・・和希・・・さん・・・・愛しています・・・」
桜の木しか聞いてくれない告白。
お願い、少しでも私を愛しているのなら
私を迎えに来て。
ねぇ、お兄ちゃん・・・・会いたいよ。



【了】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

はい、期待しちゃった人ごめんなさい。
こんなタイトルのクセに、全然甘くありません(ヘコ)
何故このタイトルかというとですね、知らない人が多いと想いますが
もう30数年前の黛ジュンさんという歌手の方の
同タイトル「天使の誘惑」のイメージだからです。
ってかそのまま、こんな感じの曲。歌詞がね
レコード大賞も取った曲らしいので、歌詞検索で出てくるかも・・・
興味のあるかたは、調べてみるのも一興です
何故始まりかというと、私の書くつもりの星の王女2の始まりのイメージだから
ここから色々な人に分岐させるつもりです、
誰と幸せになろうと、未来ちゃんの初恋はお兄ちゃんであってほしい
兄萌えな私です(笑)






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