『罠シリーズ 第四弾』



友情の罠





「俺にしとけよ」
声変わりもまだじゃないのかって疑いたくなるような、男の子にしては高い声が
泣いている私の上に降り注いできた。
あまりにも聞きなれた声。
「何してるのよ!?」
見られたくないところを見られてしまった。
私は急いで涙を拭う。
何故彼がここにいるのか、私には検討もつかなかった。
「泣くと思ったから、ほっとけなかった」
どこか西洋人形を思わせる可愛らしい顔立ちの少年は、ぷうっと頬を膨らませた。
その仕草が可愛らしいのだが・・・彼にそういうと機嫌が悪くなるので言えない。
「なあ、だから俺にしとけって。俺なら絶対泣かせない」
憮然とした表情のまま、少年は私をみている。
冗談とか、からかっているという雰囲気ではない。
何を考えているんだろう?
私は・・・今、失恋したばかりだというのに。



目の前の光景が、信じられなかった。
委員会で少し遅くなった放課後。
校門からすぐに見える歩道橋の上に、その影はあった。
信じられない、なんて大胆なんだろう。
その歩道橋は、さっきも言ったように校門の目の前。
すぐに見える位置にある。
下校する生徒の目に付くのは当然の位置。
その歩道橋で、2人の影が抱き合っているのだ。
目が悪いから誰なのかはわからなかったが、どちらも、うちの制服のようだ。
大胆にも程がある。
いくら下校のラッシュ時刻を過ぎているとはいえ、これじゃあ、明日はあの2人の噂で持ちきりだろう。
一体誰なんだろう?
目を凝らしてみても、夕日の光に阻まれてよく見えない。
「やだ!あれって加賀見先輩じゃない!?」
私の直ぐ横を歩いていた見知らす女生徒が、悲鳴のような声をあげた。
びくっと体が震える。
嘘・・・
加賀見先輩は、一学年上のカッコイイと有名な男の人。
いつも優しくて、笑顔を絶やさない。
だけど頼りがいのある先輩。
かく言う私も、実は好きだったりする。
本当に加賀見先輩なの?
確かめるために、歩道橋に駆け寄りたかった。
だけど・・・足が動かなかった。
うん・・・でも、加賀見先輩はもてるもんね。
私がこの高校に入学してきて、もう三ヶ月。
加賀見先輩の彼女は、何人も変わってるって噂で聞く。
けど、目の前で確かめた事は無い。
いつも噂だけ・・・
うちの学年でも、加賀見先輩に告白した子がいるって聞くけど・・・
加賀見先輩の彼女・・・いつも噂だけでしか聞いたこと無い。
ドキドキと、動悸が激しくなる。
告白するなんて、勇気は私にはなかった。
だからいつもみているだけ。
見ているだけで、満足だった。
でも・・・彼女といる先輩を見て私は胸を締め付けられる。
ああ、見てるだけで満足なんて嘘。
どうして・・・あの腕の中にいるのは私じゃないんだろう。
本当に、あれは加賀見先輩なの?
激しい動悸がして、息が出来ない。
嘘だと言って・・・あれは加賀見先輩じゃないと言って。
隣で声をあげた女生徒を見ると、彼女も泣きそうな顔をしていた。
先輩・・・加賀見先輩・・・本当に、先輩なんですか?
誰ともなしに、語りかける。
先輩が好き。
今日ほど感じたことはなかった。
・・・もうすぐ一学期が終わる。



確か、水曜日だったと思う。
高校に入って、やっと慣れたかな〜って日。
嫌がらせなのか、本当になれて欲しいからなのか、うちの学校は一年生に、最初の一ヶ月
持ち回りで何かしらの委員の仕事をさせるという、いやな習慣がある。
その中で、自分に合っているものを探して
部活に入らない生徒は、絶対に何かの委員会に所属しなければならない。
なんて、はた迷惑な決まりがあるのだ。
よりよい学校生活を送る為。とかって、教師は言っていたけど・・・
鬱陶しいこと、この上ない。
そりゃ、確かにうちの高校はバイトは全面禁止だし、部活に入ってなければ、放課後は暇でしょうさ。
だからって、何故委員会に入らないといけないのか。
同じクラスになって仲良くなった桃香は、すでに美術部に所属を決めていた。
私も同じ部に入ろうかな〜って思ったけど・・・美術なんて性に合わない。
何の部活に入ろうか、それとも委員会に入るべきか・・・
迷っていて、今週は図書委員の仕事の手伝いをすることになった。
「雨宮美鈴です。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。私は図書委員長で二年の真部志穂子。
簡単な仕事を任せるかもしれないけど、無理はしなくていいからね」
挨拶したのは、二年生の女の人。
眼鏡をかけた、肩までの黒髪の真面目そうな人だった。
身長は、多分私と同じくらい。
にっこりと笑った顔は、落ち着いていて感じが良い。
二年生で委員長というから、しっかりした人なんだろう。
「はい、頑張ります」
内心、頑張る気なんて全然なかった。
適当にしておけばいいだろう。
だって、図書委員なんて面倒くさいだけ、最初っからやる気なんてない。
人が借りた本を並べたり、元に戻したりなんて、面倒くさがりの私の性分ではない。
「私は月・木の朝と、水・金の放課後担当なの。雨宮さんは今日と金曜よろしくね。
えーっと、今日はもう一人いるんだけど・・・もうっ!加賀見ったら、まだ来てない」
真部先輩は、苛立たしげに出入り口の方を睨んだ。
「ホームルームが長引いてるんじゃないですか?」
「う〜ん、彼の場合はちょっとねぇ・・・ま、サボることはしないだろうけど」
その時、ガラッと音がして、見ていたドアが開いた。
「悪い、遅れた」
そういいながら入ってきたのは、長身の男の人。
びっくりした。
だって、まるで理想が服を着て歩いてるみたいだったんだもん。
一般的にみて背の高い部類に入る私よりも、断然高い長身。
多分180くらいあるんじゃないかな?
でも別にひょろ長いってわけでもなくて、だからと言ってマッチョでもなくて
程よく筋肉の付いてそうな、スーツとかが似合いそうな体つき。
何よりも、柔らかそうな茶色の髪と、涼しげな目元。
もう、まさに理想。
こんな人がいるのか!って驚いた。
「加賀見ー遅いよ。今日は一年生が来るから、早く来てって言ったじゃない」
「悪い悪い。ちょーっと野暮用があってね。で、今日は彼女だけ?」
理想が私を見てる。
「は、はい!一年二組の雨宮美鈴です!」
慌ててお辞儀をした私を見て、理想の人物は柔らかく微笑む。
「二年の加賀見です。図書委員は二年目だから、わからない事があったら訊いて」
ああ、笑顔まで理想よ!
なんて優しく微笑む人だろう。
一目ぼれなんて、信じちゃいなかった。
だってね、見た目と中身のギャップなんて、幼なじみ達で随分と学習させられてる。
だから、一目ぼれなんてありえないと思ってた。
けど・・・だけど!
こんな理想が目の前にいて、好きにならなずにはいられない。
ああ、なんてこと!
二度目の当番の日、金曜日は加賀見先輩も当番だった。
図書委員の仕事は結構暇で、その日も金曜日も、いっぱい話す時間が持てた。
話せば話すほど、加賀見先輩は素敵な人だった。
そりゃ、絶対図書委員になる!って決めてたよ。
だけどね・・・加賀見先輩が人気者だからか・・・一年の間では、図書委員の倍率はかなり高かった。
地味な仕事で、本来なら人気の無い仕事のはずなのに・・・
残念なことに、私は図書委員じゃなくて放送委員に回されてしまった。
加賀見先輩との接点は、それでおしまい。
でもね、図書館には通ったのよ?
加賀見先輩の当番は、週に2回。
水曜と金曜には、絶対に図書館に通った。
おかげで高校に入ってから、すごい量の本を読んでいる気がする。
だけど・・・告白なんて、勇気が無くて出来なかった。
名前を覚えてもらうだけで、精一杯だった。



「亜依ちゃ〜ん!私、告白するべきぃ?」
「そんなの好きにしなって」
「美鈴は加賀見先輩が好きなんだ・・・確かにカッコいいけどさぁ」
今日は土曜日。
私はいつもの如く、お隣にお邪魔していた。
両親が共働きの私は、殆ど毎日この家に遊びに来ている。
お夕飯をご馳走になって、ゲームをして帰る。
生まれてから16年間、ずーっとこれがいつもの日課。
この家には、仲のいい幼なじみが2人いる。
一人は私と同じ年の男の子でクラスメイトの、大ちゃんこと大地。
もう一人は、ひとつ年上で同じ学校に通う、亜依ちゃん。
私達は幼なじみっていうよりも、なんだか姉弟みたいだった。
っていうか、この2人がまた可愛いのよ。
2人ともイギリスとのハーフっていうおばさんにそっくりの
金髪に近い髪に、薄い目の色と白い肌。
大きい目と小柄な体つきのせいで、お人形さんみたいだ。
亜依ちゃんはともかく、大ちゃんなんて男の子のくせに私と身長が同じ。
まあ、私も165センチあるから、女としては大きい方だけど。
「何よぉ〜大ちゃん。文句あるの?」
「ないけどさぁ〜加賀見先輩って俺はよく知らないけど、
彼女がしょっちゅう変わるって噂じゃん?不誠実っぽい」
「何ですってー!ちょっと、大ちゃん!加賀見先輩を悪く言うと承知しないわよ!」
いくら幼なじみでも、許せないことはある。
大好きな先輩を悪く言われては、私の気が治まらない。
そりゃ・・・先輩の彼女はよく変わるって噂はあるけど・・・。
「はーいはい。うるさいから喧嘩するんならあっち行け」
亜依ちゃんに頭をはたかれて、私も大ちゃんもぶうっと頬を膨らませた。
「亜依ちゃんはずるい!加賀見先輩をよく知ってるからってー」
「なんで俺まで殴るんだよーねぇちゃんのばかっ」
「うるさいつーの、ガキども。そりゃね、去年は加賀見君と同じクラスだったけど
しょっちゅう話すわけじゃないし、よくは知らないってば」
亜依ちゃんは可愛い容姿とは裏腹に、はっきりとモノをいうタイプだ。
むしろ乱暴モノかもしれない。
みんな騙されてるんだけど、それを言うと亜依ちゃんを怒らせる事になるので言えない。
どっちかっていうと、内面が可愛いのは大地の方。
「まあ、彼女が変わるのは本当らしいけどね」
亜依ちゃんの言葉が、ぐさりと胸に刺さる。
「加賀見君も変なところで優しいのか、優柔不断なのか・・・告白されると断れないみたいよ」
「ほらーやっぱり不誠実じゃんかぁー」
「はいはい、もてる人をひがまない。彼女がいる時は断ってるみたいだから
不誠実とは違うんじゃない?ま、加賀見君が振られてるって噂もあるけどね」
姉弟のやり取りを尻目に、私は考える。
何故、先輩が振られるんだろう?
先輩は私の理想の人なのに・・・
「なんで先輩が振られるの?信じられない」
口に出すと、亜依ちゃんは深いため息をついた。
「私と一緒じゃない?中身と外見のイメージが違ったとか言われてるのかもよ?
そんなのこっちからしてみたら迷惑。美鈴も気をつけな、理想ばっかり先行してたら加賀見君が可哀相だよ」
亜依ちゃんの言葉には重みがあった。
人形のような儚い外見の亜依ちゃんが、
その外見のせいでイメージばかり押し付けられると、迷惑してるのは幼なじみとしてよく知っている。
「・・・私・・・理想を押し付けてるかな?」
「さあね、それは私にはわかんないってば」
外見はね、理想どおりなの。
柔らかな茶色がかった髪に、優しそうな目。
笑顔がすごく素敵で、声も耳に心地いい。
何よりも、私よりも背が高くて・・・
外見だけ?
中身は・・・よく知らないのかもしれない。
図書室で会う加賀見先輩は、優しくて・・・オススメの本を教えてくれる。
それって、本好きな後輩に対する図書委員の優しさ?
告白するべきなんだろうか・・・告白して、距離を縮めたら
本当の加賀見先輩がわかるだろうか?



迷って、迷って・・・三ヶ月が過ぎた。
もう少しで夏休み。
告白しよう!なんて、思っていた矢先に・・・
目撃してしまったのは、大好きな先輩のラブシーン。
告白していれば、先輩の腕の中に居たのは私だったかもしれないのに。
ううん、そんなの高望みだ。
告白したからって、OKがもらえるわけじゃない。
その日は、お隣に遊びに行く気力もなかった。
御飯は適当にすませて、すぐにふて寝した。
心配した大地が様子を見に来たらしいけど、起き上がる気力もなくて・・・
仕事から帰ってきたお母さんに何度呼ばれても、狸寝入りを決め込んだ。
翌日は、気分が悪くて学校に行く気になれなくて休んだ。
そしてまた、朝が来る。
泣きすぎて頭が痛い。
「みーすーず。今日も具合悪い?」
朝になって、覚醒しきれない意識を甲高い声が呼び覚ます。
大地の声だ。
今日は金曜日・・・放課後の図書館は私の心の楽園。
加賀見先輩と唯一話の出来る放課後。
行かなきゃ・・・
「うわっ!おっまえ、ひっどい顔だぞ?」
「・・・ほっといてよ」
起き上がった私の顔をみて、大地が驚いた声をあげる。
頭痛がして重い頭に、大地の高い声はキンキンと響いた。
お酒を飲んでいるわけじゃないのに、二日酔いの気分だ。
「熱あるのか?」
ひんやりした大地の手が、私の額に触れた。
「やっぱ熱あるじゃん。今日も休むか?」
「・・・行く」
「無理だろ」
「無理でも行くの!着替えるから出てって」
半ば八つ当たりだ。
わかっているけど、能天気な大地の態度がしゃくにさわる。
「・・・なあ、もしかして加賀見先輩の噂きいたのか?」
大地の言葉に、びくっと体が震えたのが判る。
「噂?噂じゃなくて、ばっちりこの眼で見たわよ」
自嘲的な笑みを大地に向けると、大地は顔をしかめた。
「・・・あれ、さ。姉ちゃんの友達らしい、お前も知ってると思うけど
図書委員長の真部先輩だってさ、今学校中その噂で持ちきりだぞ」
「・・・そう」
真部先輩・・・お姉さんタイプのしっかりした先輩を思い出す。
そういえば、加賀見先輩と同じ日に担当してたっけ。
私ともよく話してくれた・・・面倒見のいい優しい先輩だ。
彼女が・・・新しい加賀見先輩の恋人。
「加賀見先輩の方から告白したらしいぞ。こんなの初めてだって」
「うるさいわね!出てってよ」
それ以上聞きたくなかった。
真部先輩と加賀見先輩。
どちらも優しい良い先輩。
お似合いだって思ってしまう自分が嫌だ。
枕を投げつけると、大地は器用によけてそれを拾う。
「ごめん・・・」
謝って欲しいわけじゃない。
「着替えるから、出てって」
大地が出て行って後、きちんとベッドに戻された枕が悲しかった。
失恋した・・・わかってる。
加賀見先輩から告白した・・・聞きたくない。
それでも・・・加賀見先輩に会いたかった。



体調は最悪。
朝からしていた頭痛と吐気がする。
早退した方がいい。
桃香にも言われたし、大地は心配そうにずっとこっちを見ている。
だけど、放課後まで頑張った。
だって、加賀見先輩に会いたい。
先週借りた本を持って、図書室に向かう。
体は重いし、頭痛はするし・・・
失恋は決っているのに、馬鹿みたいだ。
「あれ、雨宮さん。顔色悪いけど大丈夫?」
図書室のドアを開けると、すぐ側のカウンターから声をかけられる。
大好きな人の声。
「ちょっと、体調悪くて」
私は、痛む頭を抑えて、その時できる最上級の笑顔を作った。
けど、引きつった笑いかもね。
だって、先輩の顔をみるのは・・・嬉しいけど・・・どうしても、あの日のことを思い出してしまう。
歩道橋の上、抱き合っていた二つの影。
本当に、あの影は先輩だったの?
「・・・真部先輩・・・いないんですね」
いつもなら並んで座っている二人。
まあ、どちらかが本の整理とかで席を立っている場合もあるけどね。
「あ〜うん、なんかクラス委員の仕事とかで遅れるらしいよ。あいつも兼任だから、忙しいみたいだ」
「・・・彼女がいなくて、寂しいですか?」
私ってば、何を聞いているんだろう。
馬鹿だ・・・としか思えない。
「あれ、一年生の間でも噂になってる?」
加賀見先輩は、眉をひそめてくしゃっと苦笑を浮かべる。
ああ、でも・・・なんか嬉しそうだ。
「っていうか、私見ちゃったし」
何でこんな会話ができるんだろう?
しゃべってる私と、頭の中の私は、まるで別人のよう。
「あ〜見られたか。まあ、他の生徒が残ってるのわかってたんだけどねぇ」
ついね、と、加賀見先輩は照れたような顔をする。
その顔を見ただけで、ああ、好きなんだな・・・て、わかった。
「加賀見先輩から告白したって、噂ですよ」
「えっ!?そんなことまで噂になってる?ちくしょー志穂子のやつしゃべったのか」
加賀見先輩は、ばつが悪そうな顔をして頭をかいた。
否定しないんですね。
加賀見先輩から・・・告白したんですね。
「好き、なんですか?」
「自分から告白したのは、生まれて初めてだよ。って、なんでこんなこと雨宮さんに話してるかなぁ〜俺って」
「・・・幸せそうですね、加賀見先輩」
「そうだな」
加賀見先輩は、照れているのに嬉しそうに目を細める。
思い浮かべているのは、真部先輩の顔?
真部先輩は良い人だよね。
優しいし・・・
「あいつね、しっかりしてるようでどっか抜けてるから、放っておけないんだよね」
加賀見先輩の声が遠くで響く。
喉が渇いた。
心臓は、ドキドキと早鐘を打っているはずなのに・・・まるで止ってしまったよう。
静か過ぎて、頭が痛い。
「よかったですね」
乾いた喉から声を絞り出す。
本当は、こんなこと言いたいわけじゃない。
「うん、ありがとう」
加賀見先輩が柔らかく微笑む。
こんな顔、見たこと無い。
私には絶対にむけられることの無い微笑み。
唇が震えて、泣き出してしまいそうだった。
「あの、この本返しておいてください。私具合が悪いから帰ります」
そう言い放つと、私は加賀見先輩に背を向けて走り出した。
「美鈴?」
図書館の入り口で、誰かとぶつかる。
高くて甘ったるい声。
よく知っている大地の声だって気がついたけど・・・止れなかった。
走って、走って・・・気が遠くなるくらい走った。



「俺にしとけよ」
走って走って、気がついたら中庭まで来ていた。
もう体力の限界で、蹲ったら声がした。
「何してるのよ!?」
走ったせいなのか体調が悪いからなのか、息が切れて今にも意識を手放しそうだ。
「泣くと思ったから、ほっとけなかった」
私の後を追ってきたのか、大地も息を切らしている。
何でいるんだろう・・・
そうだよ、大地の言う通りだ。
もう私の顔は、涙でぐちゃぐちゃだ。
好きだった。
加賀見先輩。
なんで、あんなこと聞いちゃったんだろう。
馬鹿みたいだ。
どうして自分の失恋の傷を、自分でえぐるようなまねをしてるんだろう。
馬鹿としか言いようが無い。
自分で話題を振っておいて、言われた言葉に傷ついて・・・
もうわかったよ・・・加賀見先輩が彼女を好きだって十分わかった。
わかったから・・・もう放っておいて。
「なあ、だから俺にしとけって。俺なら絶対泣かせない」
意味がわからない。
「何よ、それ」
涙で濡れた頬を拭いもせずに、私は大地を睨みつける。
「俺、ずっと美鈴が好きだ。だから俺にしとけよ」
馬鹿じゃないだろうか?
私は今失恋したばっかりだ。
振られたから、次は違う人。なんて器用な人間じゃない。
でもね・・・びっくりしすぎて涙が止ってしまった。
だって、大地だよ?
生まれた時から知ってる大地だよ?
今まで恋愛対象になんて、考えたこともない。
近くにいすぎて、兄弟みたいなものだと思ってた。
「・・・何よそれ・・・意味わかんない」
「だーかーら!俺はずっと美鈴が好きだったの。他のヤツになんか渡してたまるかよ」
真っ赤な顔でぷうっと頬を膨らませる大地の表情は、昔から変わらない。
照れた時の顔だった。
私の思考回路は、あまりにも鈍っていたんだと思う。
ぽかんとしてしまう。
蹲ってる私の目の前で、大地が膝を着く。
大きな目。
なんだか零れ落ちてしまいそう。
「美鈴、俺に惚れろよ」
ふわりと頬に温かな感触。
私の頬に、大地の唇が触れた。
あ、小さい頃を思い出す。
幼稚園の頃だったかな?
私と大地は、おままごとみたいな両想いだった。
大ちゃんがいちばん好き。
みすずちゃんがいちばん好き。
あの頃、大地はそういって私のほっぺにキスをしたよね。
微笑ましい、思い出。
でも、あれは小さかったからの話。
私は、びっくりして大地を突き飛ばした。
「いってー!なにすんだよ」
「馬鹿じゃないの!大地が悪いんじゃん」
キスされたほうの頬を手で覆って、目を白黒させてしまう。
何?一体なんなの?
「俺は悪くないですー。大体美鈴が鈍すぎるの!」
「意味わかんない!あんたそれって、痴漢行為だよ!」
っていうか、何!?
私、今さっき加賀見先輩に失恋したばっかりよ?
なんで大地に『ほっぺにちゅう』されてるわけ?
「こんなん、昔っからよくしてるじゃん」
「それは小さい頃の話でしょーー!」
怒鳴りつけて立ち上がると、くらっとめまいがした。
地球が回る。
いや、元々回っているんだろうけどね。
っていうか、視界が歪んだ。
「美鈴!?」
大地がびっくりして駆け寄ってくる。
ああ、もう訳がわかんないよ。



「みーすーずちゃーん、あっそびましょ」
「はーあーい」
大地が呼んでる。
ああ、小さい頃だ。
まだ男の子とか、女の子とかの区別がつかなかった頃。
私と大地は、毎日手を繋いで幼稚園に通っていた。
いつも一緒で、何を体験するのも何を見るのも、全て大地と一緒だった。
世界は、大地一色だった。
怖いことがあっても、大地が側にいれば平気だった。
押入れの中だって、夜中のトイレだって、近所の大きな犬だって。
『ぼくがいるから大丈夫』
大地の口癖みたいな言葉を聞くと、いつだって安心できた。
「ぼくね、みすずちゃんと一緒にいるのがいちばん楽しい」
「みすずも大ちゃんがいちばん好きだよー」
無邪気な2人。
そういえば、あの頃って何も悩みは無かった。
大好きな大地はいつも一緒にいてくれて、二人一緒なら、どんなことでも楽しかったよね。
今だってそうだ・・・私の側には、いつも大地がいる。
一緒にいすぎて、どれだけ大切かなんてわからない。
大地がいない毎日なんて、考えられない。
「あのね、みすずちゃん」
「なぁに?」
「あいちゃんが言ってたんだけど、好きならけっこんするんだって」
「けっこん?」
「パパとママみたいに、ずーっといっしょにいるんだって」
「じゃあ、みすずはだいちゃんとけっこんする」
「うん、ぼくもみすずちゃんとけっこんしたい」
「約束ね、だいちゃんはみすずとけっこんするんだよ」
「うん、やくそく」
大地はそういって、私のほっぺにキスをした。
キャンディーを食べてたせいか、キスをされたほっぺがペタペタしたけど
そんなの気にならないくらい、大地が好きだった。
あの頃の私。
甘酸っぱくて、優しい思い出。



「目、覚めた?」
少し大人になった少年がそこにいた。
思い出の中の少年。
ふわふわした、柔らかそうな金髪に近い髪の毛。
昔から変わらない、大きな大きな瞳。
「あんた・・・馬鹿でしょ?」
「何をー!わざわざ保健室まで運んでやったのに、なんだよその言い草」
ああ、ここって保健室なのか。
見渡すと、真っ白なカーテンに覆われた場所だった。
白くて糊のきいたシーツが、少しごわごわするけど気持ち良い。
っていうか、私と同じくらいしか身長ないくせに、ここまで運べたの?
なりは可愛くても、やっぱり男の子なのかな。
大地は大きなため息をついて、私の額に手を当てる。
大地の手、冷たくて気持ち良い。
「熱は下がってきたな」
そういえば、なんか頭痛が楽になってる気がする。
「さっき母さんに連絡したから、すぐに迎えに来てくれると思う」
「うん・・・」
いつもと変わらない大地。
あれって夢・・・じゃないよね?
みてたのは、幼稚園の頃の夢。
ねえ、大地。
あんた・・・小さい頃の約束を守るつもり?
ホントにバカみたい。
「なあ、美鈴」
「ん〜?」
「さっきの、本気だからな」
怒ったような表情を浮かべて、大地は呟いた。
ああ、うん・・・わかるよ。
幼なじみの悲しいさがってやつかな?
あんたが真剣なのは、痛いほど判る。
「・・・そんなの考えたこと無い」
「今から考えろ」
間髪いれずに返される。
っていうか、私の理想ってしってる?
加賀見先輩だよ?
「だって、大ちゃん・・・私よりも小さいじゃん」
「同じ!165センチだろ?一緒じゃん」
「私のほうが大きく見えるもん」
「つーか、こっちはまだまだ成長期なの!今からお前を追い越す」
「・・・信用できない」
「信用しろ!うちの父さんはでかいだろ」
確かにおじさんは長身だ。
けど・・・
「あんた、おばさん似じゃない。おばさんは私より小さいよ」
「身長は父さん似です」
「信じらんない」
「信じろってば!」
必死の顔がおかしかった。
ねえ、本気なの?
って、訊かないでも判ってしまう自分が、悲しいやら嬉しいやら。
「けどな、身長なんか関係ないぞ。お前が俺に惚れてくれればいいんだから」
「何よ、その自信は?」
おかしくて、苦笑してしまう。
「美鈴」
名前を呼ばれて、両頬に手を添えられる。
息もかかりそうな至近距離に、大地の顔が近づいてきた。
「な、な、なによ?」
キスされるのかと思った。
「今からいう事、俺の眼を見てよく聞けよ」
「は?」
「美鈴は広瀬大地に惚れる。広瀬大地に惚れる。広瀬大地に惚れる」
大きな大地の目が、真剣な色をして私を見てる。
私はその瞳から、目を逸らせなかった。
「・・・何言ってるの?」
「暗示!お前、昔っから俺のいう事は信じたじゃん」
手を離した大地の顔は、ゆでだこみたいに真っ赤だ。
私もつられて真っ赤になってしまう。
顔が熱い。
「ば、馬鹿じゃないの?」
「いいの。馬鹿でも。これで暗示にかけたからな!お前はもう俺以外の男を見るなよな!」
なんて恥ずかしいヤツだろう。
私の幼なじみって、こんなに恥ずかしいヤツだっけ?
「俺、待つから。美鈴が俺を好きになってくれるの信じて待ってるから」
大地は真っ赤な顔で、真剣な目をして私を射抜いた。
私は何も言えなかった。



何を考えてるんだろう?
家に帰って熱を測ると、38度を越えていた。
案の定、大地のお母さんとうちのお母さんに怒られた。
こんなになるまで我慢するなって。
ついでに、おばさんには大地も怒られてた。
ちょっと可哀相だったかな?
ベッドに入っても、私は大地のことばかり考えていた。
大地が私を好き?
小さい頃からずっと?
信じられない・・・だって、加賀見先輩の話とか黙って聞いてたじゃない。
そりゃ、大地は加賀見先輩を悪くいう事もあったけど・・・
そこまで考えて、ふと気付く。
ねえ、私ってば、加賀見先輩に失恋したばっかりじゃなかったっけ?
なんで大地のことばっかり考えてるの?
私って・・・加賀見先輩が好きなんだよね?
あれ?・・・
なんで大地のことが頭から離れないの?
そりゃ・・・おかげで失恋のショックはどこかに吹っ飛んでしまったけどさ。
私の好みは、柔らかい茶色の髪と優しい瞳の笑顔が素敵な人。
って・・・大地も一緒か?
う〜ん・・・けど、大地は私と同じくらいしか身長が無い。
やっぱりさ、恋人は自分より背が高い人の方がいいじゃない。
『美鈴は広瀬大地に惚れる』
ああ、またあの声がする。
真剣な大地の瞳と、甘くて高い優しい声。
私・・・本当に大地の暗示にかかったの?
私が好きなのって、加賀見先輩じゃないの?
告白されたからって、そんなに簡単に心変わりする?
私って、そんな現金なやつだっけ?




その夜、夢をみた。
私よりもずっと身長の高くなった、柔らかい髪の優しい笑顔の人の夢。
「美鈴、好きだよ。ずっと好きだ」
耳元で囁かれる、優しい声。
嬉しくて、私もその人の肩に頭を預ける。
「俺のこと好きだろ?」
訊かれて、素直に頷いた。
私は夢の中で、彼の事を『大地』と呼んでいた。



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