ズルイ女




可愛い女なんて、言われた事がない。
いつも言われるのは、きつめ美人だとか
姐御肌だとか、そんなのほしい言葉じゃない。
私、吾妻木薫、26歳
憧れるのは、可愛い女。




「和希じゃない?久しぶり!あら・・・デート?可愛い子連れちゃって」
懐かしい顔を見かけて、声をかけた。
本当に偶然。昼休みに一人で寂しくランチをとった帰り、
大学時代の友人だった立花和希を見つけ、声をかけてしまった。
女の子と2人で腕を組んで歩いているのだから
本来ならば無視したほうが親切なのかもしれないが
懐かしさには勝てない。
大学時代、彼とは友人以上の関係にあった。
だからといって、恋人同士というわけでもない。
辛い恋をしていた和希の、いわば応援役とでもいうのだろうか
慰め役・・・が一番しっくりくるかもしれない。
あれから数年。弁護士の資格を取るため奮闘していた私と
フリーでコピーライターを始めた彼とでは
なかなかお互いに時間が取れなかったから疎遠になっていたけど
どうやら幸せのようだ。
傍にいるのは、一度だけ写真を見せてもらった彼の妹
ううん、今は恋人かしら。
大学時代、和希は血の繋がらない妹に恋をして
とても苦しんでいた。
そんな彼を慰めたいた私は、彼からよく妹の話をきいていたっけ
『未来は可愛い』と、何回聞かされたことか
私と和希のそんな関係は、一年ほど続いたけど
終わったきっかけは、妹と彼が結ばれたから。
結局は私の予想通りだったのだけど・・・
和希のような男に、小さいときから守られて育った、
お姫様のような可愛い女の子。
彼女は和希の理想で、和希は彼女の理想だったのだろう。
お互いに惹かれ合わない事こそ、不自然だと思う。
まあ、いっちゃあなんだけど
和希ってば、紫の上計画を無意識に実行して成功させたようなものよね。
そう考えると、世の男性は和希を心底うらやむだろう。
「ああ、君か・・・仕事?丁度良かった、話があるんだけど・・・」
・・・君・・・ねぇ・・・前は『お前』なんて呼んでたくせに
恋人の前だと、女友達なんてそんなものなのかしら。
なんだか可笑しくなって、おどけた様子でため息をついた。
「そうよ、仕事〜大変なのよ、今。まあ好きでやってる仕事だけどね」
そんな様子に和希は苦笑しつつ、妹から離れてこちらへ来た。
「うちの周りに土地開発の話が出ているらしいんだ。
そういう法律に詳しい弁護士を紹介してくれないかな」
「私だって、弁護士なんですけど?」
皮肉たっぷりにいうと、和希はすまなそうに笑う。
「私の先輩弁護士に、権利問題に詳しい人がいるわ。
以前紹介したでしょ、古賀雅也さん。あの人に話を通しておくわよ。
時間がある日を教えて」
「ありがとう、恩に着るよ。そちらの都合に合わせるから、
後で連絡くれないか」
以前と変わらない、優しい人当たりの良い笑みを浮かべる和希。
顔もいいし、性格もいい彼は、大学時代女の子に人気があった。
それでも特定の彼女を作らなかったのは、妹の存在があったから。
「ねえ。ところで・・・あの子『未来』ちゃんよね?
写真でしか見たことなかったけど、綺麗になったじゃない」
「ああ・・・うん、まあね」
ちらりと彼女の方に視線を向けて微笑む和希の顔は
今まで見たことがないほど、甘く優しい。
相変わらず、彼の世界は彼女を中心に回っているらしい。
不安げにこちらを見ている彼女。
少し内気で、でも優しくて素直で・・・何度彼女の話を聞かされただろう
その度に、私は彼女に軽い劣等感を抱く。
守ってやりたくなるような女の子。
可愛くて仕方がない女の子。
きっと私は、男にそんな風に思われたことなんて一度もないだろうと思う。
元々気の強い性格だし、負けん気が強いから男とも張り合ってしまう。
『君は強いから一人でも大丈夫』なんて、ドラマや映画のような陳腐なセリフを
何度言われたか分からない。
私だってね、可愛い女になりたかったのよ。
「まったく、相変わらず猫かわいがりしてるのね、きっと。
ベタ甘な恋人だこと」
うらやましい気はするけど、そんな事口が裂けたって言ってやらない。
そんな事いうと、惨めになるじゃない。
相談にのっていた相手が幸せになったのに、私はまだ独り者だなんて。
「ば、ばか・・・やめろって、そういうこと言うの」
「照れちゃって、まぁ〜可愛い事。もう20歳くらい?初々しいわね」
「まだ19だよ。今年から大学生。だけど、『初々しい』って
何だか、年を感じるぞ、薫」
「・・・言ってくれるじゃない。いいわよ〜そっちがその気なら
こっちだって考えがありますからねぇ。
あなたがどれだけ未来ちゃんに御執心だったか、包み隠さず
話してあげようじゃないの」
「薫・・・・」
やめてくれと、情けない顔をして和希が私の名を呟く。
なんだか、学生時代に戻ったような気がして楽しい。
「う・そ・よ。でも今度ちゃんと紹介してよね。
あなたの可愛い未来ちゃんと、ちゃんと話してみたいもの」
「・・・わかったよ。でも、変なこと言うなよ?」
「さあ、それはわからないわ〜その時になってみないと。
あ、ごめんなさい。そろそろ時間が・・・また連絡するわ」
「あ、ああ。ありがとう、じゃあ、また」
和希の背中越しに、未来ちゃんの拗ねたような顔が見える。
きっと焼餅をやいているんだと思うけど、
あんなに素直に顔に出されると、なんだかいけないことをしている気がする。
まあ、肉体関係はあったわけで、全然やましくないといえば嘘になるけど・・・
でも、本当に可愛い子。
「さよなら、妹さん!お兄さんの事よーく監視しとかなきゃ駄目よ!
この人は本当に・・・」
「余計な事言うなよ!もうそろそろ仕事に戻ったらどうなんだ?
忙しいんだろ?」
ちょっとした意地悪?ううん、そんなつもりはなかったけれど
拗ねた顔をしたあの子が可愛くて、声をかけたのに
言葉の途中でさえぎられてしまった。
何を言うと思ったのか、和希はちょっと怒ったような顔をしている。
別に私たちの関係をばらすつもりはないのに・・・
あーやだやだ。この人ってば、本当にあの子中心で世界が回っているのね。
「そうね、そうするわ・・・じゃ・・・またね和希」
今度会った時、思いっきりからかってやろう。
なんて考えながら、二人を残して足早に職場に戻る事にした。




「ただいま〜」
事務所にはいると、同僚で先輩でもある古賀雅也が
コーヒーを片手に書類に目を通しているところだった。
古賀雅也・・・不思議な人。
もてるくせに、特定の恋人を持たない人。
昔の和希にどことなく似ている雰囲気・・・
彼も叶わぬ恋をしているのかしら?
ううん、昔の和希よりもどこか暗いものを持っているような気がする。
ねえ、雅也・・・私とあなた。何度肌を重ねた?
それなのに、あなたの心は未だに解らない。
「ああ、遅かったな」
ちらっと私の方を見て、低い声が呟く。
「ごめんなさい。そこで友人にあったの。
貴方も会ったことのある人よ、立花和希。相談があるらしいんだけど
時間のある日を教えてくれっていってたわ」
「和希くんか・・・わかった、連絡を入れておく」
「そうして」
いつも冷静で表情を変える事のない彼の首に腕を絡めた。
椅子に座っている彼は、いつもと変わらない落ち着いた声で囁く。
「なんだ?どうした?」
「ねえ、今夜暇?」
男が嫌といえない、甘えた声を彼の耳に落とす。
そんな事、いつ覚えたのだろう。
自然に覚えたのかしら?解らない。
恋愛すらも駆引き。
私は、雅也が好き。
でも、そんな事いっても彼は信じないだろう。
信じたとしても、本気にはしてくれない。
だから私は、自分の女の部分を最大限に使って彼を誘惑する。
体だけでも、彼と繋がりたいから。
和希・・・あなたがうらやましいわ。
愛し、愛され。幸せなんでしょうね。
私だって、そうありたい。そうありたいけど、
私が愛しているのは、ズルイ男。
決して本心を見せてくれない男。
だから私も、ズルイ女になるの。
雅也の唇に、自分の唇を重ねる。
端から舐めるようにしてついばみ、舌で唇を割る。
彼の舌を自分の舌に絡めると、主導権が相手に移った。
首の後ろに手を回され、腰を引き寄せられる。
キスだけで、こんなに蕩ける。
まるで口の中を犯されているようだった。
深いキスの後、雅也は私を抱きしめたまま深く息をついた。
「続きは、仕事が終わってからだ・・・何かあったのか?」
本当にズルイ男。私の事なんて、好きでもなんでもないくせに
優しい言葉をかけて、心配しているそぶりを見せるなんて。
「ちょっとね、幸せな恋人同士をみて当てられちゃったの」
貴方とそんな関係になりたい、なんていっても取り合ってくれないわね、絶対。




感情を素直に出せるっていうのは、
時として、鼻に付く行為でもあり、好ましい行為でもある。
そしてそれは、人によってだろう。
和希の妹さんの場合は、きっとどんな時でも許されるんじゃないだろうか。
子供っぽいと言ってしまえばそれまでだけど
この年になると、素直になるっていうのは酷く難しい。
一度彼女に聞いてみたい。
どうしてそんなに素直になれるのか。
純粋だから?
それならば、私は純粋ではなくなったんだろう。
駆け引きを覚えてしまったら、もう元には戻れない。
どんなに望んだとしても。
もしも『純粋さ』なんてものが売ってるとしたら、
私は間違いなく買うわね、いくらしたとしても。
まあ、ありえない話なんだけど。
素直になりたい。可愛い女になりたい。
駆引きなんかじゃなくて、心から好きな人に好きと言ってみたい。
でも私は臆病で、ズルイから・・・自分が傷つきたくないから
素直になんてなれないの。
あの子の様に素直になれたなら、雅也の心も開けるのかしら?
ねえ、雅也。私貴方が好きなのよ。
気づいて・・・なんて、都合のいい事は言えないわね。




                                             【了】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

復活第一弾の話なのですが
なんせ吾妻木さんです(笑)
いや〜しかし、なんだか微妙に書き足りないといか
ん〜久しぶりに書いたので、微妙です(--;
ちなみに、「純粋さが売っているなら買う!」
というのは、最近の私の口癖です(死)






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