花の香り






愛している。
誰よりも・・・
だから僕は、お前の傍から離れなくてはいけない。
僕の愛は、お前を傷つけるだろう。
この気持ちが、これ以上大きくならないうちに
僕はお前の傍から離れよう。
例えこの心が切り裂かれたとしても
それでも、お前を傷つけるよりはましだから・・・
愛している・・・誰よりも何よりも
だから僕は、お前を傷つけてしまうだろう。
その唇を奪い、身体を奪う。
それは願ってはいけないこと。
未来、僕はお前を愛している。




家を出て行くことを両親には反対されている。
だが、この気持ちを変えるつもりはない。
出張が多い両親の変わりに、妹の保護者になっていた僕。
僕がいなくなれば、未来は一人になってしまうだろう。
両親が反対するのもそれがあるから。
だけどね、お父さん。お母さん。
未来にとって、今一番危険なのはあなた方の息子。
僕自身なんです。
妹に劣情を抱く兄。
そんなものは、遠くに離れたほうがいいのです。




10月も後半になろうとしていた。
和希が、父親に自立の話を持ちかけてから、一週間。
未だ説得は続いてる。
幸い和希は、知り合いからの紹介で始めたコピーライターの収入がある。
まだ細々ではあるが、派手な生活さえしなければ
自立していけるだけの稼ぎはあった。
もう父の理解なんて得なくてもいい。
そう思った和希は、今日こそ不動産屋を巡ろうと決意を固め
大学の門を潜った。
「あれ?立花君。ひさしぶり」
教室に入る直前に、声をかけて来た懐かしい姿を見かけて手を振った。
吾妻木薫だ。
「久しぶり、吾妻木さん」
「ホント久しぶり。元気だった?夏休み前から会えなかったわね」
ニコニコと艶やかな笑みの美女。
彼女を見るのは辛かった、未来もいつか
彼女のような女性になるのだろうと、意識してしまうからだ。
そして、和希の知らない男の腕の中に堕ちるのだろう。
そんなことばかりを考えてしまう。
「やだ・・・ねえ、ちょっと、立花君。ご飯ちゃんと食べてる?
ちゃんと夜眠れてる?」
お互いに近づいて、顔が確認でくる位置にくると
吾妻木の顔はとたんに曇った。
確かにここ最近、和希は食欲もなく睡眠も取れていない。
「そんなにヒドイ顔してるかな?」
「ヒドイわよ。酷過ぎ。すっごい顔色よ。休んだほうがいいんじゃない?」
休んで家にいたら、またいつ未来が部屋に入ってくるとも限らない。
家では気が休まる時がなかった。
「大丈夫、少し眠れないだけだから」
「ねえ・・・今日ヒマ?一緒に呑みに行きましょ。お酒は最高の睡眠薬なのよ」
心配してくれるのは、ありがたい。
だが、吾妻木が主催のコンパといったら、騒がしいので有名だった。
和希はそういう集まりが余り、得意ではない。
「申し出は嬉しいけど、コンパはお断りだよ」
「・・・わかった、コンパは無し。二人で飲みましょ」
吾妻木がそういいきったとき、予鈴が鳴り響いた。
「じゃあ、終わったら中庭に集合ね!
逃げたら承知しないわよ!」
こちらの話をききもしないで、吾妻木はすばやく去っていった。
いつもながら、忙しい人である。
しかし、彼女と2人で飲むのか・・・と思うと
嬉しいような、うっとうしいような気分になった。
和希だって男である。
吾妻木のような美女を相手に出来るのは嬉しい。
だが、今は誰かと話すのは億劫だ。
それでも、断るのは許されないんだろうな。
今日の不動産屋めぐりは、明日へ延長が決定してしまった。
だがまあ、明るい吾妻木と飲むのも悪くは無い。
家に帰りたくないのだから・・・
諦めを胸に、和希は講義を受け始めた。




「こんなところに連れて来られるとは思わなかったな」
場所は大衆居酒屋。
吾妻木の外見からいって、ワインやカクテルが好きそうなのに
この店は、焼き鳥とビール、焼酎などの品揃え。
美人と居酒屋。
とても意外な組み合わせに、和希は正直な感想をもらした。
「あら、失礼ね。この店はおいしいのよ」
渡されたおしぼりで手を拭きながら
吾妻木は笑う。
とりあえず乾杯と、ビールを掲げてきたので
和希もそれにならった。
カチンという音を響かせてから、ジョッキを仰ぐ。
大ジョッキは吾妻木の細い腕には似つかわしくない
だが、とても慣れた様子で、ごくごくと3分の1ほどを飲み干した。
「はー、やっぱこれよね。10月っていっても、まだ暑いもの」
「そうだね」
酒を飲んでいるのに、子供っぽいと思ってしまうのは
その笑顔のせい。
無邪気な笑顔がとても心地よい。
「で、立花君は、何を悩んでいるのかな?」
メニューを和希に渡しながら、吾妻木は切り出した。
「悩んでいるように見える?」
「見えるわよー。ずばり!恋の悩みでしょー
立花君って、モテるのに特定の彼女作らないもんね
誰か好きな人がいるんでしょ」
ふふふと笑いながら、メニューを手早く決めて注文をする。
「悩みってね、人に話すとすっきりするのよ。
まあ、私じゃ役に立たないかもしれないけどね」
「人にいえるような事じゃないから」
「そう、それならいいわ。じゃあ、今日は飲もうか」
さばさばした彼女の性格はとても気持ちよかった。
まだ知り合って間が無い上、2人で飲むなんて初めてのことなのに
何故だか、昔からの知り合いのような雰囲気。
言いたくなければ、無理には訊かない。
ただ、いつでも相談にはのるよ、と言っているのだろう。
「ありがとう」
素直に礼をいう和希に、吾妻木は笑った。
「何、改まってるのよ。ばかねぇ」
異性間の友情は成り立たないというけれど、
和希は吾妻木に友情を感じていた。




夢をみた。
愛しい少女を抱く夢。
甘い彼女の髪の香が、和希を包む。
好きだと囁き。
その手に抱いた。
細い首に唇を這わせ、その肌を貪る。
白い肌に、自分の痕をつけて、彼女の全てを手に入れる夢。
何度も何度も彼女の名を呼び、抱き寄せた。
そして、彼女の中に、自分の欲望を吐き出す。
甘くいとおしく、狂おしい夢。
夢は僕を幸福にした。
そして、夢なのだと分かっている自分をとても不幸にした。




目が覚めると、知らない部屋。
そんなことがあるわけが無い、と思いながら
和希は飛び起きた。
1ルームのフローリングの部屋は、
どこかで嗅いだことのある香水の香がする。
「ここは・・・」
「あ、目が覚めた?おはよ」
ベッドのすぐ傍で声がした。
「吾妻木さん・・・僕は・・・」
いつもと違い、大き目のシャツにジーンズのラフな格好の吾妻木がそこにいた。
髪をゆるく一つに束ねて、顔も化粧っけがない。
それよりも、一番驚いたのは、自分が裸だったこと。
狼狽している和希を見て、吾妻木は苦笑した。
「昨日、立花君酔っちゃっててね、自力で帰れないようだったし
私はあなたの家をしらないしで・・・ここ、私のマンション」
「もしかして、君に何かした・・・」
いや、聞かないでも分かることだ。
女を抱いた感触が、身体に残っている。
「あーまあ、ねぇ・・・私も酔ってたから・・・それよりさ、『未来』って誰?」
「あ・・・ああ、妹が・・・」
未来というのだ、と言いかけて、昨夜の夢を思い出した。
未来の名を呼びながら、未来を抱いた夢。
それは夢だったけれど、吾妻木を抱いたのは事実。
「そう、妹さんの事好きなの。ツライ恋ね」
「・・・不道徳だとか、間違っているとか・・・言わないんだね」
「だって、血が繋がってるならともかく、繋がってないんでしょ
私は妹さんの事知らないけど、惹かれるのは仕方ないわよ
恋って、そういうものでしょ?」
あっさりとそう返されて、吾妻木の強さが羨ましかった。
自分もそういいきれていれば、こんな状況にはならなかったかもしれない。
「ねえ、この事誰かに話したことある?」
「いや、君が初めてだ。誰にも言うつもりは無かった」
「じゃあ、2人の秘密ね。私誰にも言わないから
辛くなったら私に相談に来なさいよ」
「吾妻木さん・・・」
悪戯っぽい笑顔を浮かべ、吾妻木は微笑む。
「ごめん・・・ありがとう」
和希は心からの謝罪と感謝を述べた。
惹かれるのは仕方が無い。
そう言って貰えた事が、何よりもありがたかった。
「なんだったら、身体で慰めてあげるわよ。
立花君上手だったし、相性いいのね、私たち」
「それは・・・」
君に悪い、そう言おうとした和希の唇を、吾妻木の唇がふさいだ。
「あなたのこと嫌いじゃないわ。だから・・・よ
これは恋じゃないけど、放っておけないじゃない」
艶やかな笑顔、魅了される。
彼女を好きになれれば、どんなによかっただろう。
「ほら、もうお昼よ。シャワーでも浴びて、すっきりしてきなさい」
姉のように和希を促す。
「ありがとう」
和希はそういって、案内されるままにバスルームにはいった。
ユニットバスは狭くも無いが広くもない。
その端に置いてあるシャンプーに目をやり
和希は、なぜ未来と吾妻木を間違えたのか納得した。
うちのバスルームにもあるボトル。
まだ中学生の未来には早いのではないかと思うような
薔薇の香りのするシャンプーのボトル。
吾妻木からも、未来と同じシャンプーの香りがしたのだ。
「立花くーん。タオルここに置いておくね。
着替えは悪いけど昨日のを着て。うちに男物ないから」
ドア越しに吾妻木の声。
なんだか、強い味方を手に入れたような気がした。




シャツで隠れた胸元に、無数の痕が残っているのをみて
吾妻木薫はため息をついた。
こんなに自分の痕をつけるほど、
彼の心は乱れ、そして想いは強いのだろう。
甘く切なく、『未来、愛している』そう囁いた彼は
今自分の部屋のバスルームにいる。
違う女に間違えられて抱かれたなんて、
本来は気持ちのいいものではない。
ただ、昨日の彼は包み込んであげたくなったのだ。
辛い恋に打ちひしがれ、追い詰められた彼。
これは恋ではない、そう思う。
どちらかというと、同情、もしくは同属愛。
どうしようもない恋に、疲れきった彼を癒してあげたかった
辛い恋の経験は、吾妻木にもあったから。
放っておけなかった。
だから、仕方が無いのだと思う。
友として、仲間として。
彼を受け入れることを、悪いことではないと信じたかった。



そして、それ以来2人は、何度も逢瀬を重ねることになる・・・・



                                             【了】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

えーっと・・・怒られるかなぁ・・・
私、吾妻木さんとお兄ちゃんの関係好きです
付き合っていたんだけど、友達。みたいなの
2人の関係ってこんな感じかねぇなどと思い
書いてみました・・・はい(--;






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