強く儚く、そして淡い想い〜康平の場合




「なあ、お前と立花って付き合ってるのか?」
最近、この手の質問が増えたなぁ、と
康平はサッカーシューズを履きながらため息をついた。
内気でどこか儚げな幼馴染、立花未来。
家が近所と言うこともあり、小さな頃からよく一緒に遊んでいた。
初めて会った時から、康平は彼女の事が好きだった。
「ん〜まあ、そんなもんかねぇ」
興味本位で訊いてきた部活仲間に、康平は余裕の笑みを向ける。
昔、口下手で引っ込み思案の彼女が苛められた時に考えた
虫除け兼、防衛線。
彼女が苛められないように、彼女を他の男に取られないように
『お前、これからはおれの彼女って言えよ』
ガキの戯言・・・それでも、そういうようになってから
未来が虐めを受けるようなことは無くなった。
虐めが無くなったので、未来もその言葉に反論はしない。
それをいい事に、数年たった今も
隙あらば彼女を紹介しろと言って来そうな
周りの男どもに『未来は俺の彼女だ』と言いふらしていた。
「いいなぁ、立花、可愛いもんなぁ」
部活仲間の呟きを、誇らしく思う反面不安に思いながら笑顔で流した。
小学校の頃の未来は、目が大きいだけの女の子だった。
口数も少なく、周りとうまく馴染めない、俯いてばかりの少女。
だが、年を重ねるごとに、彼女は顔を上げて話をするようになった。
中学に入ってからは、男子の中の可愛いランキングには、必ず未来の名前が挙がる。
ずっと小さい頃から、大好きだった未来。
彼女は可愛い。
康平はずっとそう思っていた。
それが周りに認められたようで、誇らしくも嬉しい。
そして、不安になる。
このまま未来がどんどん可愛くなって、彼氏が出来たりしたら・・・
未来はきっと、康平のことを幼馴染としか思ってないだろうから
康平以外の男を好きになる可能性もある。
「・・・わたさねぇ・・・」
康平は、誰にも聴こえない程度の小声で、そう呟いた。
その時、部室のドアが乱暴に開かれた。
男ばかりのサッカー部。
この中学には女子マネージャーなんて気が効いたものがいないので
部室は汚く、結構粗忽者も多い。
立て付けの悪い扉は、そんな粗忽者たちが乱暴に開けてくることも少なくない
なので、こんなことは日常茶飯事。
康平は気にも留めないで、サッカーシューズの紐を結びなおしていた。
「コウ!コウ!!やばいって!」
「あ〜?何が?」
自分の名前を呼ばれて、初めて扉の方に目をむける。
そこには、見慣れた部員ではなく、クラスメイトの島崎がいた。
「どうした?珍しいなぁ」
「ばか!落ち着いてる場合かよ!立花がお前のファンに、階段から突き落とされたらしいぞ!」
告げられた内容を一瞬理解出来なかった。
階段から突き落とされた・・・未来が?
「未来は!?」
「あ、あの・・・ほ、保健室に」
康平の剣幕に驚いた島田を払いのけるようにして、部室を飛び出した。
「未来!大丈夫か!!」
ガラッと、乱暴に保健室の扉を開けると、そこには、大好きな少女の姿。
右足首には包帯・・・夏服のセーラー服の袖から出る
白く細い腕には、ところどころにバンドエイドが貼られている。
「あ、コウ君」
椅子に座って手当てを受けている途中の未来は、
息も切れ切れの突然の侵入者に驚いたようにして、振り返った。
そして、極上の微笑みを向ける。
大きな瞳、曇りの無い、優しい瞳。
まぶしいくらい、可愛い笑顔。
側に駆け寄り、右手で未来の顔に触れた。
こんなにどきどきするのは、自分だけなんだろうなぁと
内心自嘲的になりながら・・・
いや、今はそれよりも未来の怪我だ。
「良かった、顔は傷付いてないみたいだな」
本心からの言葉。
それなのに、未来はぶぅと頬を膨らませた。
「なによー、顔以外は傷ついてもいいって言うのぉー」
「違うって!顔に傷なんか付いたら、余計ブスになるぞ・・・・・・・・あの・・・ごめんな」
前半は、子供っぽい彼女をからかうように心にも無い言葉を笑いながら。
後半は、心のそこからの謝罪。
未来に巻かれた包帯や、数箇所に貼られたバンドエイド。
どれも痛々しく、心が痛い。
中学に入って、何故だか康平にはファンクラブなるものが発足したらしい。
本人は未確認だが、噂では聞いていた。
そして、そんな彼女たちが、未来をよく思っていないことも
好きになってもらうのは、正直嬉しい。
女の子にもてて嬉しくない男がいたら、見てみたい。
と、康平は心底思う。
ただ、そんな彼女たちが、自分の大切な未来を傷つけた・・・
自分のせいだ。
「やだなぁーコウ君のせいじゃないよ。私がはっきり言えなかったから悪いの」
落ち込んで俯いた康平を未来は、明るく笑い飛ばした。
「でも、そんな怪我させて・・・」
「ちょっとした、捻挫と擦り傷よ」
康平に心配かけまいと、未来は立ち上がろうとした、が、それは為されない。
「いったぁ・・・・」
右足が痛いのだろう。
立ち上がろうとして、すぐに椅子に座り込んだ未来の目には、かすかに涙が滲んでいた。
「うぅぅーー」
「ばか!無理すんなって!」
「無茶はダメよ、立花さん。捻挫といっても無理をしたらだめでしょ。
今日はおうちの人に迎えにきてもらいなさい」
2人のやり取りを、ほほ笑ましげに見ていた養護教員の言葉に、未来の表情が曇った。
「今日、誰も家にいないんです。お父さんもお母さんも仕事だし。
お兄ちゃんは、まだ大学から帰ってきてないだろうし」
「あ、じゃあ、俺が送っていく」
「コウ君部活は?」
「気にすんなよ、こんな日くらい休んだって大丈夫」
というより、送らせて欲しかった。
こんな姿の未来を、一人で放っておけない。
「でもねぇ、立花さん歩けないでしょ。車かタクシーで帰らないと。
事情が事情だから、私が送って行ってあげたいんだけど、
今日はこの後、用があるのよ」
考え込んだその言葉に、康平は右手で拳を作って、自分の胸を叩いた。
「歩けないなら、俺がおぶって帰るから平気です」
「ええーー!だめーー恥ずかしい!」
「俺のせいで怪我したんだ、そんくらいして当然だろ」
「でもぉ・・・またあの子達に睨まれちゃう・・・」
俯いて言葉を濁す未来。
あの子達とは、康平のファンと自称している女たちだろう。
女の子に好かれるのは嬉しい、そう思っていたけど・・・
前言撤回。迷惑だ。
きゃあきゃあ群がってくるうるさい女どもに、大好きな未来との仲を邪魔されたくない。
「二度とそんなことさせないようにする。誓って。
だから、送らせろよ。俺のせいなんだからさ・・・」
「でも、オンブは・・・」
「歩けないんだろ」
有無を言わせぬ康平の態度に、未来は諦めたようにうな垂れた。
「・・・じゃあ、よろしくお願いします・・・でも大丈夫?」
「お前の家まで10分くらいじゃん、それくらい平気だって」
上目遣いで康平をみる彼女の目に、どきっとしたのを精一杯の笑顔でごまかした。




女の子は柔らかい。
女の子は良い匂い。
背中の未来に気付かれないだろうか、と心配になるくらい康平の心臓は爆発寸前だった。
時折背中に未来の、柔らかな胸の感触があたる。
ふわりと、風になびく髪からは、シャンプーの良い香り。
ほんの10分程度、大丈夫。そう思っていたが、これでは心臓が持ちそうにない。
両腕には、柔らかな太腿の感触。
ダメだ、俺煩悩の固まりじゃん。
赤くなった顔を、未来に見られないだろうか。
「ねぇ、コウ君」
「な、なんだ?」
こんな動揺、未来に気付かれてはならない。
「コウ君って、まだ私と付き合ってるって、周りに言ってるの?」
今日も言いました。とは言えない。
「あー、まあ否定はしてないけど」
「やっぱり・・・私、それで女の子たちに因縁つけられたんだからねぇー
ちゃんと否定してよー。私が言っても聞いてくれないんだもん」
ちょっと拗ねたような声。
わかってますよ、お前にとって俺は恋愛対象外の幼馴染なんだろうけどさ。
「いいじゃん、言いたいやつには言わせておけば」
「ダメー『二度とそんなことさせないようにする』んでしょ?なら否定しておいてよぉ」
なら、いっその事本当に付き合おうか?
なんて、口に出せたらどんなに楽だろう。
でも、そんな事言えない。
未来にとって、自分はただの幼馴染って事を、よく分かっているから。
早く俺のこと男としてみてくれよ。
口に出せない言葉はいっぱいある。
ただそんな事言ったら、未来が離れていってしまいそうで、今の関係も心地よくて・・・・
「わかりましたーいっておきますー」
悔しい気持ちを少し滲ませて、康平はぶっきら棒に答えた。
「何怒ってるの?・・・あっ!お兄ちゃん!」
背中の上で、未来が暴れた。
というより、手を振ったのだが。
その先には、未来の兄がいた。
男にしては線の細い、キレイな顔立ち。
「未来?どうしたんだ?」
こちらをみて、駆け寄ってくる彼に、康平は軽く会釈した。
「こんにちは、和希さん」
「こっちにおいで、未来」
康平の言葉に、笑顔で答えた和希は、背にいる未来に手を差し伸べた。
はっきり言って、この和希と未来は仲がいいを通り越して
康平から言わせてもらえれば、究極のブラコンとシスコンだった。
未来の居る所に、和希あり。と思うくらいだ。
差し出された和希の腕の中に、未来は迷うことなく飛び込む。
「ちょっと、捻挫しちゃって・・・コウ君に送ってもらったの」
和希は康平の背にいた未来を軽々と抱き上げる。
俗にいう、お姫様抱っこってやつで。
和希は康平よりも6歳年上だ。
まだ14歳の康平にくらべ、やはり力もあるのだろう。
その抱き方は、俺には無理だなぁと、康平は軽くなった背中に寂しさを覚えた。
「そう、ありがとう康平。あとはぼくが連れて行くよ」
「あ、はい・・・」
くやしい。と思った。
和希の腕の中で、未来は微笑んでいる。
康平には向けられたことの無い、信頼と安堵と、愛情の混じった笑顔。
そんな未来を抱きとめる和希の目も優しい。
やっぱり、未来に男として認めてもらうには、和希さんを超えなきゃだめなんだろうなぁ
出来るのかよ、こんな完璧な人を超えるだなんて。
少し俯いて、気付かれないように唇をかむ。
「じゃあ、俺。これで・・・」
康平は言い終わらないうちに、未来の荷物を和希に手渡し踵を返した。
バカみたいだ、兄弟の関係に妬くなんて。
今日はこのまま走って帰ろう。
走って疲れたら、そんな気持ちも無くなるだろう。
「コウ君、ありがとう!」
振り返ると、和希の腕の中で、未来がこちらに向けて手を振っていた。
その姿に悔しさと、喜びがわく。
未来は、俺にだって微笑んでくれるさ。
手を振り替えして、康平は走り出した。



【了】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

どうしてだろう、私のでもコウ君は当て馬(TT)
おかしいなぁ〜どうしてかなぁ〜?
コウ君が活躍する話も書きたいのになぁ




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