そこに存在するもの  11




人は誰しも、己の判断でしか物事は測れない。
誰もが同じ価値観を持っているわけではない。
全てにおいて、良い事なんで何処にもない。
ただ、己の道を歩んでいく。
己の下した判断の元。
孤独も幸せも、自分自身でしかわからない。
俺の幸せが、他の誰かの幸せに繋がるのなら・・・
それはとても喜ばしい事だ。
だけど、世の中そんなに上手く事が進むわけじゃない。
俺の幸せは、誰かの願いを潰し。
俺の願いは、誰かの悲しみに繋がる。

優しい風の吹く中で、俺は考える。
ただ、涙を堪えながら・・・




あの日から、和希さんの姿は消えてしまった。
どんなに探しても、その姿は見当たらない。
元々幽霊だったんだ。
いつ消えてもおかしくは無かった。
『もう眠りたい』
それは和希さんの本心だったのかもしれない。
未来を想い、触れ合えなくても傍にいる。
ただそれだけの存在。
そこに存在するものなのに、感じ取ってほしい人には感知されない。
そんな苦しみの中、それでもあの人は未来の傍にい続けた。
『愛している』
その気持ちのために。
未来を連れて行きたい。
未来には生きていてほしい。
どちらも和希さんの本音。
揺れる想いの間で、和希さんが何を考えていたのか・・・
今となってはわかるすべは無い。
『未来を頼むよ』
そう言って消えていったあの姿を忘れられずにいた。
諦めたような、安心したような微笑を浮かべた口元。
寂しそうな眼差し。
和希さんが消えてしまったのは、俺のせいかもしれない。
協力する、なんて言って置いて拒絶してしまったんだ。
未来に触れられる。
和希さんのかすかな希望を俺は打ち砕いた。
ただ、自分のエゴの為に。
あの日。
和希さんが俺の体に入った事で、和希さんの記憶が俺に流れてきた。
未来の事を愛しいと思う気持ち。
それに触発されて、俺も未来の事が好きだと気がついた。
そして・・・未来に触れている和希さんが許せなかった。
これは俺の体だ!
そういって和希さんを突き放した。
何でもする。が聞いて呆れる。
2人に幸せになってほしいなんて、俺の気持ちは
自分のエゴの前では吹き飛んじまったんだ。
和希さんの霊を見るようになって、自分が何も出来ないっと考えもした。
だけど、自分がこれほど最低だなんて思いもしなかったんだ。
未来は、ずっと和希さんを探し続ける。
俺の顔を見るたびに、何か言いた気な表情をする。
見えるはずもないっとわかっているくせに、和希さんとの思い出の場所を
ふらふらと探し続ける。
病み上がりでまだ本調子でもないのに・・・
俺は未来の傍にいてはいけないんじゃないか。
そう思っても、和希さんの最後の言葉が忘れられない。
『未来を頼むよ』
罪悪感に苛まれても、あの言葉だけは守らなくてはいけないと思う。
未来が俺を許してくれなくても、傍に居続けよう。
和希さんがそうしていたように。
包み込むように未来を守ろう。
未来は俺になんて守られたくないかもしれないけど、
今の俺に出来るのはそれだけだった。
未来を愛してる。
和希さんには勝てないかもしれない。
だけど・・・愛してる。




夏の蒸し暑い風が吹き抜けた。
街を一望できる丘の上に俺はいる。
和希さんと初めて会った場所だった。
桜の大木が、空目掛けて聳え立ち、青々と色付いた葉が
風に揺れてザワザワと音を立てる。
「未来?」
その姿を確認して、静かに声をかける。
桜の木の根元で座り込んで、ぼうっと空を眺めていた未来は、
初めて俺に気付いたようだった。
「堂本くん」
未来の瞳が物言い気に揺れるが、何の変わりもない今、何も答える事は出来ない。
和希さんが居る振りをすれば、未来にはばれないってのはわかってる。
だけど、それはしちゃいけないと思った。
未来に嘘はつきたくなかったし、そんな嘘は和希さんを冒涜するっと思うから。
「まだ具合よくないだろ?こんな所に居たら体に悪いぞ」
「うん・・・」
微かに笑みを浮かべて、立ち上がる。
葉の青さが映っているのか、顔色がいつにも増して悪い。
「大丈夫か?」
「大丈夫、心配しないで」
俺の存在を拒否するでもなく、未来はいつもと同じ態度を取る。
「なあ、未来・・・俺を恨んでないのか?俺があんな事したから、和希さんは・・・」
この数日、ずっと口に出せなかった言葉がやっと言えた。
未来は何も言わない。
ただ黙って和希さんを探す。
こんなに儚い未来を見るくらいなら、責められた方が楽だ。
あの日の和希さんのように、未来まで空気に溶けていってしまいそうで怖い。
「どうして?元々は堂本くんの体だもん。恨む事なんてない」
静かに言い放つ未来の真意が、何処にあるのかなんてわからない。
その微笑は寂しそうで、抱きしめたかった。
だけど、俺にそんな権利があるのかもわからない。
「・・・未来・・・俺・・・お前の事好きだ」
あの日から、決して言葉にも態度にも出さないようにしていた想い。
日が過ぎるごとに、思いは強くなっていく。
「お前は俺を許してくれないかもしれない・・・
お前が好きなのは和希さんだってわかってる。
けど・・・傍に居させてくれ。和希さんに言われたからじゃなくて、
俺がお前の傍にいたい。和希さんの分までお前を幸せに出来るようにがんばるから・・・
だから、傍に居させてくれ」
ためらいながら、未来の体を抱きしめる。
怖がらないように、痛くないように。
「好きなんだ・・・」
この気持ちはただの押し付けでしかない。
和希さんを思い続ける未来には、重荷でしかないだろう。
「俺の事利用してかまわないから・・・傍に居させてくれ」
数週間前、和希さんにも同じような事を言ったんだと思い出す。
そのときは、ただ役に立ちたかった。
2人の関係が切なかった。
見ているだけなんて歯痒かった。
今ならわかる。
見ているだけで、傍に居るだけで、幸せだった和希さんの気持ちが・・・
ただ未来を見つめていた和希さんの気持ち。
それは切なくて、それでも幸せで。
触れられなくても、この思いが受け入れられなくても・・・傍で守りたい。
なあ、未来。
俺はお前が好きなんだ。
未来は抵抗する力もないのか、ただ俺に抱きしめられたまま頷いた。
「ごめんね・・・ありがとう、堂本くん」
お礼なんて言ってほしいわけじゃない。
俺は、お前に笑ってほしいだけなんだ。
がんばっても、いつも空回りばかりだけど・・・




数週間が過ぎた。
本格的な夏の暑さもひとやま越えて、時折涼しい風が吹く。
まだ残暑が残っているとはいえ、日差しが柔らかいものに移行してきた。
いつの間にか、未来は楽しげに微笑むようになった。
いつからかは明確には覚えていない。
ただ楽しげに、和希さんとの想い出を語る。
俺はその話を黙って頷きながら聞き続ける。
話を聞いていくと、2人がどれだけ仲の良い兄妹だったのかが良くわかった。
未来の体調も徐々に回復して行き、夏休みもわずかになった頃。
俺と未来は、また以前のように大学の課題なんかをやりながら一緒に過ごした。
こうしていると、夏の間にあった出来事が嘘のようだ。
俺と未来の関係は変わらない。
以前の友人関係が続いている。
ただひとつ違う事は、俺の目に和希さんはもう映らないって事。
周りには独り言にしか聞こえなかった、あの会話はもうない。
寂しいけれど、これが自然なんだと最近では思える。
元々俺は、幽霊の存在なんて信じていなかったんだし、
あの人以外の幽霊なんて見た事がない。
ただ一般的な日常が戻っただけ。
「そういえば、今年は何処にも行かなかったな」
去年の夏は、コウとおハルと4人で海に行った。
途中はぐれた未来が、性質の悪いナンパに捕まって探すのに一苦労した記憶がある。
「私が体調崩しちゃったから」
レポートを書いていた手を止めて、未来はすまなそうな表情を浮かべた。
「ま、来年があるさ」
「来年・・・か・・・」
寂しそうに呟く未来の頭を笑いながらくしゃくしゃと撫でる。
「一年なんてあっという間だ」
「・・・そう、ね。来年の今頃は就職活動とかしてるのかしら」
「どうかなぁ、早けりゃやってるかもしれねぇな」
実は進みたい進路はある。
だけど、それはまだはっきりとはしていないあやふやなもの。
来年の今頃なんて、本当は創造もつかない。
「ふふ・・・来年の夏は皆何してるんだろうね」
「コウは相変わらずサッカーバカだろ。んで、おハルもそれに追随するバカで・・・
未来と俺は就職活動か?やだなぁ・・・4年までは遊びたいよなぁ」
「も〜そんな事言うから、大学生は遊んでばっかりだって言われるのよ」
「だって、遊びてーじゃんか」
「堂本くんらしいけどね。ねえ、休憩しない?ちょっと疲れちゃった」
呆れた顔で笑いながら、未来は立ち上がる。
「クッキー焼いたの。食べてくれる?」
「食べまーす。食べさせていただきます」
明るさを取り戻した未来は、最近行動的だ。
部屋の片付けをしたり、料理をしたりっと忙しそうに動いている。
本当はもっと体を大事にしてほしいが、あまり動かないのも悪そうなんで
止める事はしなかった。
むしろ前のようで嬉しいって気持ちもあった。
今日みたいにおこぼれに預かれる事もあるしな。
「飲み物冷たいのでいいよね」
未来が台所に消えると、カチャカチャと食器のぶつかる音が響いてくる。
「何か手伝うかー?」
「大丈夫ー」
俺たちは時折、まるで恋人同士のような会話を交わす。
そこには俺の一方通行の思いしか何とは判っていても
嬉しいものは嬉しい。
和希さんの存在を忘れているわけじゃなかったけど、
忘れなければ、乗り越えなければいけないことだって思う。
俺たちは2人とも、今を乗り切らなきゃいけない。
ガチャンッと食器の割れる音が響いた。
「おーい、大丈夫かー?」
呼びかけに返事はない。
不審に思って台所へ向かう。
「未来?」
未来は、流し台の下に寄りかかって蹲っていた。
「おい!どうした?」
駆け寄って覗き込むと、真っ青な血の気の引いた顔がそこにはある。
「未来!」
「ごめん・・・ちょっと・・・貧血みたい・・・」
支えた腕の中で、未来が力をなくしていく。
瞳を閉じて、ゆっくりと意識を手放していく。
「未来!おい!」
俺の言葉が聞こえていないのか、未来はぴくりとも動かない。
目の前が真っ暗になったような、妙な不安が胸の中に広がった。




生きていくうえで、不安を感じない事はない。
誰も明日の自分なんてわからない。
俺もお前も・・・



【続】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

次回はある人が出る予定。
つーか出す。
きっとかけない(マテ
なんだかどんどん不穏な展開になっていくこの話。
こんなに暗くて淡々とした話を読んでくれる人に
感謝感謝の日々です。






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