そこに存在するもの  12




運命・・・なんて言葉は信じたくない。
だけど、考える。
本当は或のかも知れない・・・と。
自分ではどうする事も出来ない。
そんな出来事は、いっぱいあった。
たった20数年。
それだけの人生でだった、数え切れないほどあった。
この先も、もしかしたら或のかも知れない。
それは運命なんだろうか?
例えば・・・一目で惹かれる恋があるように・・・
自分ではどうしようもない、恋心。
それは抗いがたく、苦しく、切なく・・・
そしてとても甘い。
その人の事を考えるだけで、気持ちが揺すぶられる。
優しくもなれる。
非情にもなれる。
そんな恋・・・
きっと、未来と和希さんは・・・そんな恋をしていた・・・




「っったく!!心配させんなよな!」
病人に向かってそんな言い方はないだろう。
とは思うが、つい苛立った口調になってしまうのは仕方が無い。
倒れた未来を病院まで連れてきて、また再入院が決った。
医者も本人も貧血だとは言うけど・・・貧血で入院なんてするのか?
「うん、ごめんね」
未来は、病院のベッドの上に座って、苦笑する。
いや、笑い事じゃないんですけど?
「貧血ってもな、甘く見ると痛い目にあうんだぜ。
お前、これからはレバーとほうれん草を食って生活しろ!」
「ん〜ほうれん草はいいけど・・・レバーはちょっと・・・」
「だめ!好き嫌いは許しません!」
冗談めかして言うと、未来は笑い出す。
ってか、本当に笑い事じゃないんだけどな。
家族じゃないから、病院からの説明が俺にあるわけない。
だから、呼び止めて聞いた、なんだか優男っぽい未来の主治医と
未来本人の言葉を信じるしかない。
ただの『貧血』だ。と言われてもわからない。
だけどなーー!俺だってバカじゃないから調べましたよ。
自分なりに。
こんな時って、『家庭の医学』は偉大だと関心しました。
いや、違う。
そう、貧血も色々種類があるんだ。
しかも貧血だとかって、甘く見てると大変な事になるんだ。
俺は医学なんてわかんねぇから、治療法もわからん。
だから民間療法に頼るしかないのさ。
やっぱり食事は大事だ。
「鉄分の多い食事を3食きちっと食べるのが大切なんだからな!」
「は〜い。わかりました」
納得したのか諦めたのか、苦笑する未来の頭を軽く小突く。
今日は顔色がいい。
いつものように笑ってくれる。
倒れた時の、あの紙のような白い顔は二度と見たくない。
「わかればよろしい」
本当にわかってくれよ。
そう言おうとしたら、ドアがノックされた。
っても、閉まってるわけじゃないのに・・・
「失礼してもいいかな?」
振り向くと、知らない顔がそこにあった。
とても低い声。
すらりとした長身。
だけど、和希さんみたいに線が細いわけじゃなくて・・・
なんていうか、きっちり着こなしたスーツの上からでも
絞まった筋肉がわかるような。
全体的に、『大人の男』を匂わせるような男だ。
短めの髪、眼鏡の奥の冷たそうな目。
自信に満ちた眼差し。
「古賀さん。いらしてくれたんですね」
未来は親しみを込めてその男に微笑みかける。
未来がこんな顔をするって事は・・・悪い人ではないんだろう。
けど、未来はお人よしだから安心は出来ないか。
「ずっと電話をしていたんだが、いなかったからね。
もしやと思って、ここに連絡を入れたら入院していると聞いた。具合はどうだ?」
こちらを一瞥すると、姿勢正しく自信を持った足取りで男は病室に入ってきた。
「あ、もう大丈夫です。ただの貧血ですから」
「そうか・・・頼まれていた件、手配しておいた。これは見舞いだ」
「ありがとうございます」
俺は目の前でやり取りされる言葉を、ただ黙ってみていた。
未来とこの男がどういう関係なのか、知らない。
見た事も聞いたこともない男だ。
男が未来に手渡した花束は、
夏を切り取ったような小さな向日葵と白いバラ。
薄い山吹色の透ける紙とリボンで彩られたそれが、小さく揺れる。
「堂本君。こちらは古賀さんっていうの。弁護士さんをしていて
前から色々お世話になってるのよ」
「あ、ああ。えっと・・・堂本です」
未来に紹介されて、頭を下げた。
「堂本君は大学の友人で、とってもよくしてもらってるんです」
「古賀です。よろしく」
『古賀』という弁護士は、手短に名乗るとまた未来に向き直った。
「それで、この間は電話でしか話せなかったが、例の件は本当なのか?」
低い声と鋭い眼差しが、未来を射る様に見つめていた。
「えっと・・・それは・・・」
未来がちらりと俺を見る。
どうやら聞いてほしくない話らしい。
気持ちのいいもんじゃないが、仕方ない。
「俺、花瓶でも借りてくるよ。花束そのままだったらかわいそうだろ」
未来から向日葵の花束を奪うようにして預かると、立ち上がった。
「ついでに何か買ってきます。古賀さんは珈琲でいいっすか?」
「ああ、お願いするよ」
「じゃあ、ごゆっくり」
にこりともしない男に頭を下げて、病室をでる。
そりゃ、面白くないさ。
未来が俺に内緒事を持つのは面白くない。
俺の知らない男を頼るのも面白くない。
けど、俺は未来の恋人じゃないし、弁護士でもない。
俺じゃあ力になれない事もあるんだろうさ。
納得しない気持ちを無理やり納得させる。
古賀が持ってきた花束は綺麗だ。
だけど無償に投げつけたくなる気持ちを抑えて、ナースステーションに向かった。
俺は、俺ができる事をすればいい。
それが、和希さんとした約束を守る事になる。
多分、そうなる。




病室を出る頃には、もう日が傾き始めていた。
古賀は、俺が戻るとしばらくしてすぐに、
まだ仕事が残っていて忙しいとかで帰っていった。
帰り際に『無理はしないように』と未来に告げていたのがなんだか印象に残った。
他ではまったくの無表情だったくせに、その時だけ何故か悲しげな顔をしたからだ。
俺はというと、未来が夕食を食べ終わるまで傍にいた。
食べているのを見られるのは恥ずかしい、といっていたが、
見ていないと食べないんじゃないかと心配だったんだ。
過保護なのかもしれない。
けど、今の未来は危うい感じがするんだ。
今に消えてしまいそうな不安にかられる。
未来が入院したのは昨日。
そういえば、まだおハルにもコウにも連絡を入れてない。
連絡を入れないとな。
重い気持ちを吐き出すようにため息をつく。
ふっと顔を上げたら、目の前を煙草の煙が過ぎ去った。
病院の玄関を出てすぐのことだ。
入り口のすぐ傍には、喫煙用のベンチと灰皿が置いてあるから
そんな事当たり前のことなのに、珍しくそちらに顔を向ける。
「待っていたよ、堂本君。少し話せるかな」
煙の先には、火のついた煙草。
煙草の先には、大きな男の手がある。
煙草を灰皿の中に投げ捨てた男は、俺の顔を見ると立ち上がった。
古賀だった。
「古賀さん・・・?」
この男がどうして俺を待っていたのか。
俺に何の話があるのか・・・
「君は、彼女の事を知っているのか?」
言葉の意味がわからない。
『彼女』というのが未来だってのはわかる。
『知ってる』とはどういうことなのか。
「知らないようだな・・・やはり彼女は、和希君の妹ということか・・・」
落胆の色を隠せないのか、古賀はため息をついて肩を落とした。
「どういう・・・事ですか?」
「彼女に聞きたまえ。私の言える事ではない」
「古賀さん!」
俺の呼びかけを無視して、古賀は振り返りもせず駐車場に向かう。
追いかける気にはなれなかった。
だけど、病室に戻って未来を問い立たす気にもなれなかった。
もしかしたら・・・
医学書を読んで不安に思ったあの気持ち。
必至で打ち消した、あの推測。
それは、事実なのかもしれない。
古賀の言葉は、それだけの重みがあった。
だけど・・・認めたくない。
認めたくないんだ・・・
俺は・・・臆病なんだ・・・




『貧血』にも色々種類があるという。
生活習慣や食事による、鉄分の欠乏。
先天性の疾患症。
ある種の病気に伴って起る貧血。
ある種の病気とは、心臓病、肺疾患、腎臓病、肝臓病・・・
そして・・・癌。
和希さんがそうだったらしい。
亡くなる少し前、貧血が酷くなり入退院を繰り返したという。
『和希君の妹』
古賀の言葉が蘇る。
蘇るたびに、それを強く否定する。
そんなはずはない。
そんなはずない。
未来は生きていく。
そう誓ったはずだ。
最近の未来に感じた違和感。
和希さんを探さなくなった未来。
昔を懐かしむ未来。
広がっていく不安を、俺は必至で打ち消し続けた。



【続】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

何もいえない。言っちゃいけない。
とりあえず逃げる。
予定は未定。
本当に未定。
でもきっと石を投げられても文句は言えない。
うわ〜んヽ(`Д´)ノ ウワァァァン
予定の人とは古賀さんだったの。
でもまたきっと次も出張るのです。






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