そこに存在するもの  13




希望は何処に有る?
絶望は何処から来る?
全てわからない事だらけ。
愛しいと思う気持ちを抱きしめて、
それでも伝えられない言葉を抱えて・・・
あなたが居ないと生きていけない。
そんな台詞は陳腐だと思ってた。
誰が死んだって、誰が生きていたって
自分は自分。
それは変わる事ない普遍のもの。
どんなに悲しくたって、どんなに辛くたって
いつか朝は来る。
お腹も減る。
眠くもなる。
だけど・・・
失ったものの大きさに、息をする事さえ辛くなる。
枯れることなく、涙は流れる。

ただ、貴方の幸せを願う。
ただ、貴方が笑顔である事を祈る。
ゆっくりと流れる時の中で。




確かめるまでもなく、すぐにそれはわかった。
昨日は寝苦しい夜だった。
蒸し暑いせいもあったけど、古賀の言葉が頭から離れなかった。
考えても答えの出ない事だとわかっているのに、
頭の中をグルグルと回る最悪の考え。
未来に確かめなくてはいけないのか・・・
それとも、なんでもないという言葉を信じるべきなのか。
確かめたところで、未来が答えてくれるとは限らない。
否定してほしいのに、どこかでそれすら疑ってしまう自分が嫌だ。
眠れなくて、買い置きの酒を煽った。
ビールを3缶と、焼酎。
俺は酒が強いほうじゃない。
いつもなら、それだけ飲めばすぐに眠れるはずなのに、
昨日に限って、全然眠れなかった。
むしろ、酒がまわる程に頭が冴えていく。
ようやく眠れたのは、明け方になってからだったと思う。
あまり覚えていないけど。
目が覚めた時には、もう太陽は空の真上に昇っていた。
二日酔いなのか、風邪なのかわからない、ズキズキと痛む頭を抑え
熱いシャワーを浴びるても、ぼんやりとした意識は相変わらず。
それでも、未来の病室に向かう。
いつもなら朝一番に顔を出していたから、心配してくれているだろう。
それとも、俺が行かなくて安心しているだろうか。
俺の顔を見ると、未来はいつも笑ってくれる。
だけど、俺を待っていてくれているのかはわからない。




「それは美徳か?」
聞きなれない低い声が廊下まで聞こえた。
大きな声ではなかったけれど、その低くてよく通る声は
ドア越しにも何を言っているのか聞き取れた。
珍しく戸が閉まっている未来の病室。
その前に立ち、ドアを開けようとした所で俺の動きは止る。
別に気にする事じゃない。
誰がいたって、ノックをすれば済むことだ。
だけど俺は動けない。
立ち聞きなんて、いい趣味じゃないのはわかってる。
最低の行為だって思うさ。
けど・・・古賀が知っていて、俺が知らない事がある。
未来に聞いても、きっと答えをくれない。
聞きたかった。
未来と古賀が何を話しているのか。
俺が知らない事は何なのか。
「・・・そんなんじゃ・・・ない、です」
沈んだ未来の声。
「彼には知らせない気だろう。いや、誰にも知らせないのか」
「・・・はい」
「君は・・・和希君が何も知らせてくれなかったと泣いていた。
自分は頼りにならなかったんだと、泣いていただろう。
彼にも同じ思いをさせる気か?」
古賀の声は淡々としている。
昨日と変わらない。
未来を責めるようでもなく、言い聞かせるわけでもなく。
ただ、確認しているようだった。
「恋人なんだろう?」
「・・・堂本君とは・・・そんなんじゃないです」
「だが、彼の目は私に嫉妬していたよ」
「・・・好きだといわれました・・・私が苦しい時に支えてくれました。
とても大切な人です・・・だけど・・・これ以上、私の事で苦しんでほしくありません」
静かな未来の言葉。
「居なくなる私に、縛られてはいけない人なんです」
「誰が・・・誰が苦しいなんていった!」
思うよりも先に、体が動いていた。
ノックもせずにドアを開けると、病室の窓辺に椅子を置いて座っている未来と
立ったままの古賀が、俺を見た。
「聞いてた・・・の?」
驚きに目を見開いたまま、未来は立ち上がる。
「お前が何か隠してるってわかってたさ・・・けど・・・いつか話してくれると思ってた。
俺は、そんなに頼りにならないか?お前を支えてやる事も出来ないのか!?」
ズキズキと頭が痛む。
ツンッと鼻の奥が痛んで、目頭が熱くなった。
いつの間にか、涙が流れていたけど、そんな事気にならなかった。
悔しかった。
ただ、悲しかった。
和希さんに言われた最後の言葉。
俺はそれすらも守れないのか?
「違う・・・違うの、堂本君」
泣きそうな顔をした未来を思いやるのなら、俺はここで落ち着かなきゃならない。
けど、俺はそんなに大人じゃないらしい。
ただ流れる涙で、じんわりと視界がにじんでいく。
「私は少し席をはずそう。2人でよく話し合うといい」
俺と未来を交互に見比べたあと、古賀はため息をついてそう言った。
すれ違い様、俺の肩をぽんっと叩いていったあの人は、
見た目ほど冷たい人ではないのかもしれない。
ドアの閉まる音を聞きながら、頭のどこか冷静な部分が
関係の無い事を考えていた。
「何から・・・話せばいいのかな・・・」
未来の細い指が、俺の頬を滑る。
その指は、驚くほど冷たくしなやかだった。
「全部話してくれ・・・俺、ちゃんと聞くから」
胸に広がる最悪の予感。
聞きたくない。
でも、今聞かないと後悔する。
もう後悔はしたくないんだ。
止らない涙を未来は優しく拭ってくれる。
反対の手で、俺の頭を優しく撫でながら。
前にもこんな事があった。
相手は未来じゃなかったけど。
どうしようもなく無力な自分と、悲しいまでの和希さんの気持ちに
止らなかった涙。
優しい言葉をくれた、和希さん。
あの時と、俺は少しも変われない。
無力なままだ・・・
「黙っていてごめんなさい。私ね・・・もう長くは生きられないんだって」
「ど・・・して・・・」
目を開けると、すぐそこに未来の顔があった。
その顔は、優しく微笑んでいる。
悲しそうでもあり、寂しそうでもあり・・・あの日の和希さんに良く似ている。
「前に入院した時に検査しようってお医者様に言われたの。
ちゃんとわかったのは、お兄ちゃんが消えてしまってからよ。
お兄ちゃんと同じ病気なんだって」
「治らないのか?」
俺の言葉に、未来は微笑みながら首を横に振る。
「若いから、進行が早かったって。もうどんなに治療しても延命が精一杯で、
どうする事も出来ないの」
まるで自分の事じゃないように、未来は淡々と告げていく。
「そんなのって・・・ない・・・お前は・・・生きてくって・・・生きるって言ったのに」
生きるっと言った時の未来を思い出す。
和希さんの居ない明日に絶望しながら、それでも前を向くっと
決心していた未来。
悲しくて、苦しくて・・・だけど、希望を持ってた。
そんな未来を応援したかった。
生きていれば、いつか幸せになれるんだって・・・願ってた。
「ねえ、堂本君・・・私ね、嬉しいの。これでお兄ちゃんの所にいける。
やっぱり・・・私、お兄ちゃんを愛してる」
俺は何も言えずに未来を抱きしめた。
和希さんの代わりになれるなんて、思わない。
思ってもいない。
それでも、俺も未来を愛してるんだ。
大切、なんだ・・・
「ごめん・・・ねぇ・・・ごめんね・・・堂本君」
抱きしめた未来の声が、震えてる。
「ホントは、お兄ちゃんの最後の声・・・聞こえてたの・・・
堂本君に託したお兄ちゃんの気持ち・・・分かってるの・・・
いつか、堂本君を好きになれると思ってた。
このまま穏やかな気持ちのまま、堂本君を好きになれるって思ってた」
未来の震える声と震える肩を抱きしめる。
俺よりも少し冷たい体温は、今生きている証。
「好きに・・・なれよ・・・なってくれよ」
やりきれない気持ちで胸がいっぱいだ。
代わりでもいい。
身代わりでもいい。
この世にお前を繋ぎとめていられるのなら。
強く抱きしめた胸の中、静かに未来が首を振るのを感じる。
「・・・だけど、やっぱり私はお兄ちゃんが好きで・・・お兄ちゃんを求めてしまうの。
傍に居てほしいなんて思わない。許されなくても・・・傍にいたい。
私が傍にいきたいの・・・」
「・・・許さないはずないだろ・・・あの人がどんなにお前を好きか・・・
俺が一番よく知ってる・・・和希さんは、ずっとお前の事愛してるよ・・・」
誰よりも知っている。
和希さんの記憶を垣間見たのは、俺自身。
未来が大切で、愛しくて・・・和希さんが未来の傍を離れる決心をした時の
あの悲しげな顔は忘れられない。
きっと、一生忘れる事が出来ない。
「私ね・・・堂本君が大切だよ。苦しい時も寂しい時も、傍に居てくれた。
お兄ちゃんとは違うけど、大切だと思ったの。
だから、これ以上苦しんでほしくなかったから・・・言えなくて・・・ごめ・・・なさい・・・」
俺の背中に回された未来の手が、俺の服を強く握る。
前を向こうとしていた未来。
俺を好きになろうとしてくれた未来。
その気持ちだけが嬉しかった。
ただ無言で抱きしめる。
言葉は見つからなかった。
責める気持ちはない。
責めたくは無い。
「こんな・・・酷い女で・・・ごめんなさい・・・」
「ばかやろうぉ・・・お前は悪くない・・・絶対に・・・悪くない」
こんなのってあるだろうか。
どうして・・・幸せをくれないんだろうか。
神様は意地悪ばかりするんだろうか。
和希さん、お願いだ。
未来を連れて行かないでくれ。
俺は相変わらず無力で、何も出来ない。
出来るのは、未来を抱きしめられる事だけ。
なあ、和希さん。
あんたは未来を抱きしめられないと嘆いたけれど、
抱きしめたところで、何も出来ない俺はどうすればいいんだ。
「今になって、あの時のお兄ちゃんの気持ちが良くわかるの。
お兄ちゃんも・・・苦しかったんだよね・・・」
泣きながら呟く未来の言葉は、悲しくて切なかった。




泣きつかれて眠った未来をベッドに横たえる。
未来を抱きかかえたのは、初めてじゃない。
忘れもしない、あの日。
未来が和希さんの後を追おうとした夏の日。
その時はまだ、こんなに痩せてなくて・・・
驚くほど軽くなった未来が悲しかった。
その小さな体に、どれだけの思いを抱えているんだろう。
涙で濡れる目元を優しく撫でる。
俺よりも体温は低いけれど、温かい未来の頬。
死んでしまうなんて、信じられない。
信じたくない。
またぶり返してくる涙は、情けないけどとめることは出来ない。
「入ってもいいかな?」
ノックと同時に声がして、振り返る。
開かないドアに安堵を覚えながら、目元を拭った。
「どうぞ」
ドアを開けて現れた人物は、俺の顔を見ると、切なげに目を細めてため息をつく。
「聞いたか」
泣きはらした顔で予想をつけたのだろう言葉は、問いかけではなく確認。
「・・・本当なんですか・・・?」
俺は、戻ってきそうな涙を懸命に堪えて、俯く。
二十歳も過ぎた大の男が、無くなんてみっともないとは思う。
けど、止らないものはどうすればいいんだ。
「本当だ。私も弁護士だからね、医者からも話しを聞いている。
もってあと半年。早ければ冬まで持たないそうだ」
「嘘だ・・・そんな事・・・あるもんか」
否定してほしい。
嘘だと言ってほしい。
本当の事なんだと、どこかでわかっているのに、
諦めの悪い俺は否定される事を願っていた。
「私は彼女たちの父親とも知り合いでね。正確には依頼主だった。
和希君が亡くなった時にも私が色々と手配したんだが・・・
まさか、彼女にまで同じ相談をされるとは思わなかった」
古賀は冷たい缶コーヒーを手渡してくれた。
指から伝わる缶の冷たさが、これは現実なんだと告げている。
夢だったらどんなによかっただろう。
これが、冷める夢なら・・・
「久しぶりの連絡が、それだからな・・・弁護士なんてろくな仕事じゃない」
皮肉げな笑みを口元に浮かべた古賀は、どこか寂しそうに見える。
彼は彼なりに、未来や和希さんの事を思っているんだろう。
「和希君は彼女に何も告げずに逝ってしまった。
彼女はそれをとても悲しんでいたが・・・知ってしまった君はどうする?
何も知らずに取り残されるのは悔しい事だと、私は勝手に判断してしまったが」
迷惑だったか?
と、古賀は言外に漂わせる。
本当にこの人は、見た目よりもずっと優しい人なんだろう。
優しさは、悲しい。
告げずに逝った和希さんも、告げずに逝こうとした未来も優しい。
告げるべきだと、未来に助言してくれた古賀も優しい。
皆、優しくて・・・悲しい。
「俺は・・・俺にできる事をします・・・」
俺に何が出来るだろう。
ただ、未来が心安らかになれるように祈る。
祈ってばかりの俺は、とても無力だ。




人は何故祈るのだろう。
何故、これほどまでに悲しいのだろう。
誰も彼も、幸せを願って何が悪いのだろう。
祈りは天に届かず、ただ時は過ぎる。
祈るのは、弱いから。
祈るのは、悲しいから。
祈るのは・・・ただ、優しいから・・・



【続】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

ごーーーーめーーーーーんーーーなーーーーさーーーーーい
それしか言えない〜言っちゃいけない〜。
逃げ逃げ逃げー。
あっはっはー。
きっと呪われる〜。
兄にも未来ちゃんにも堂本君にも呪われる。
ついでにコウ君にも呪われる〜。
あっはっはー(反省しろよ)






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