そこに存在するもの  3.5




目の前で泣く青年の存在に、どれだけ助けられただろう。
これほど素直に他人のためを思って涙を流した事が、僕にあっただろうか。
彼の真面目な優しさは、とても心地よかった。
唯一僕の存在を認識してくれる、とかそういう問題だけじゃなく、
彼が居てくれてとても助かっているのだと思う。
僕も、未来も。
子供のように泣きじゃくる堂本を見ながら、ふっと思う。
ああ、彼が弟ならばよかったのだろうと。
あのまま生を真っ当し続けられたとしても、
きっと僕は、未来に愛を告げることは出来なかった。
そしていつか、未来が連れてくる恋人を前に、
愕然とした絶望感に打ちのめされるのだ。
僕にはそんな将来が約束されていた気がする。
何も出来ず、動く事も出来ず、ただもがき苦しむだけの・・・
それでも、未来が選んだのが堂本だったら、きっと少しは違った。
狂うような嫉妬に苛まれながらも、この気持ちの良い青年だったのならば
僕は安心して未来を任せただろう。
ああでも、死んでしまったからこそ、いえる言葉なのかもしれない。
生きていたとしたら、自分は何をするかわからなかった。
限界の臨界点を突破する直前に、僕は天に召されたのだから。
未来・・・愛しい未来・・・お前を手に入れることだけが望みだった。
愛してはいけないと、何度も自分に言い聞かせても気持ちが止められなかった。
こうして、死んだ後もお前の傍を離れられないくらいに
僕は未来を愛していたんだ。
違う、過去形じゃない、今もずっと未来だけを愛している。
だからこそ、彼に頼むしかない。
未来のことを、安心して任せられるから。
それは、彼にとっては苦しみなのかもしれないけど
それでも、彼を頼ってしまう。
なんて愚かで、なんて利己的なんだとは自覚していた。
だけど、このままじゃいけないのはわかっている。
未来も僕も、このままでは仕方がない。
未来には生きていてほしい。幸せになってほしい。
嘘じゃない気持ちだけれど、それを偽善だと思う自分がいる。
未来をこちら側に連れてきてしまいたいと、欲望が僕の中で渦巻く。
未来に届かない言葉で、届かない声で、何度愛を囁いただろう。
絶対に聞かれないと確信していたからいえた、あの言葉。
本当は、未来に触れたい。愛したい。
僕が死んで後の未来の告白を、どれだけ苦い気持ちで聞いたか。
未来も、そして目の前にいる堂本も理解しがたいだろう。
狂気に似た愛情を持つ事が、いい事だとは限らない。
むしろそれは、破滅へと導くものでしかない。
連れて行ってしまいたい・・・僕はその衝動をいつまで抑えられる?
僕はね、未来や堂本くんが思っているほど優しい人間じゃない。
見せないように、気付かれないようにしているだけで
きっといやな人間なんだよ。
だから、君たちが眩しい。
素直で優しくて、一途に物事を受け止められる君たちが羨ましい。
「ごめん・・・和希さん・・・泣きたいのは、あんたの方なのに」
まだ震えている声で、素直な青年が言う。
「大丈夫、僕は平気だよ」
届かない想いを抱える事に、僕は慣れてしまっているんだ。
慣れてしまって・・・そして想いは
欲望と呼ばれるものに形を変えてしまったけれど。
「今日はもう、君も帰ったほうがいい」
堂本くん、君には感謝しているけれど、僕は少しでも長く
未来の傍に居たいんだ。
「・・・帰ります。また明日きます」
手の甲で乱暴に目元を拭って堂本は頭を下げた。
頭を下げなければいけないのは、僕のほうなのに。
僕が微笑むと、堂本も微笑んだ。今にも泣き出しそうな情け無い顔をして。
だから、こんな彼だから許せるんだ。
未来を任せてもいいと、思えるんだ。
それは少し悔しいけれど、僕にはもう未来を抱きしめる腕が無いから。
あの子を愛してあげる体が無いから。
走り去る堂本の後姿を見送りながら、
僕はまた、考えてはいけない事を考えてしまう。
彼の身体が僕の身体だったのならば・・・と。
激しく利己的で乱暴な衝動。
僕が僕であるというのは、どういう事なのか・・・
未来を愛せるのならば、それで良い・・・そう思ってしまう自分が嫌いだ。




夕方のオレンジ色の光が、部屋の中を満たしている。
まるでオレンジ色のゼリーの中に漂っているような
重苦しくて、甘い感覚。
ベッドの上には、愛しい少女が眠っている。
言葉を交わすことも出来ず、触れる事すら叶わない少女。
未来・・・僕が傍に居ると聞いてしまったお前は、
一体どうするんだろうね?
僕の後を追ってくれるかい?
お前にふれる男なんて、皆殺してしまいたくなる。
お前の幸せを一番に望んでいるくせに
同時に、お前の不幸すらも願ってしまう。
僕は、悪い兄だ・・・
僕が傍に居ると聞いたお前は、ただこの部屋に入って
そのままベッドに蹲ってしまった。
ここは、和希の部屋だ。
生前のまま何も動かされていない部屋。
時々未来が掃除をしてくれるが、それでも何も変わっていない。
ただ、僕の存在が希薄になっていくだけ。
時間とともに、僕が居た気配が少しずつ消えていく。
寂しい時、未来はこの部屋で眠っている。
宙に向って、僕への言葉を囁きながら。
桜の丘でのお前の告白も、僕は聞いていたんだよ。
でも、どうする事も出来なかった。
泣いているお前を抱きしめる事しか出来なかった。
この腕はお前の身体をすり抜けてしまうけど・・・
「おにい・・・ちゃん・・・」
寝言で僕を呼びながら、未来の閉じた瞼のうちから
透明な熱い雫が流れた。
その涙を拭ってやろうと手を伸ばしても、
僕の手は、すり抜けてしまう。
未来・・・愛していると伝えてしまえばよかったね。
そうすれば、お前は迷わずに僕が死んですぐに
僕の傍に来てくれただろうに。
今のお前ならどうする?
僕が傍にいると聞いてしまったお前は、何を望む?
僕の望みは、お前の幸せ。
お前の願う幸せならば、何でも叶えよう。
何でも、全て叶えてあげよう。
ねえ、未来。
お前の幸せはどこにある?
僕の傍かい?
・・・それとも・・・





【続】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

兄・・・くらい・・・死ぬほど暗い
いや、死んでるんだけど(違
なんかこの人、どろどろしてますよ?(号泣
ちょっと気分を変えて番外っぽいので
「そこに存在するもの 3.5」です
あ〜まあ、分岐にするかしないかの
迷い迷いで書いたので
これ以上兄視点でこの話を書くことはないと
思うのですが・・・激しく暗い・・・そうか、彼は根暗か(死
ごめんなさい、兄ファンの方々(汗







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