そこに存在するもの 4




7月の空が眩しい。
夏はそろそろ本番で、ご機嫌な太陽が空に昇っている。
朝の早い時間でも暑い。
俺は、未来が気になって、いつもより随分早くうちを出た。
大学に行く前に、少し話がしたかったからだ。
何をすればいい?
何を言えばいい?
昨日から、ずっとそんな事を考えてる。
でも答えは出ない。
どうすればいいのかなんて、わかんねぇ。
ただ俺は、何でもするつもりだった。
未来には、嘘つき呼ばわりされるかもしれない。
信じてもらえない可能性の方が、断然高い。
だけど、俺は嘘は言ってないから、信じてもらうしかねぇ。
和希さんは、未来の幸せを願ってる。
だから、未来は前を向いて歩き出さなけりゃいけないんだ。
そう信じている。
未来にとっては、ただのお節介かもしれないけどさ。
まだ朝の7時を少し回ったところなのに、照りつける太陽が暑い。
俺の額に汗が浮かんでるが、これは暑さのせいだけじゃなかった。
和希さんの気持ちを伝えなけりゃって気持ちが、俺の中で焦りを産んでいる。
だからこれは、緊張の汗だ。
重い足を引きずるようにして、いつもの道を歩く。
10分かそこらの道のりは、短いようにも長いようにも感じられた。
未来の家が見えてくる。
一人で住むには、大きすぎる家。
あそこで一人・・・未来はつらくないだろうか?
いや、愚問だな。つらいに決まってる。寂しいに決まってる。
傍にいる和希さんを感じられないんだから。
ふと、珍しい光景が目に映った。
いつも未来と一緒にいる和希さんが、玄関に一人たたずんでいた。
俯いて、無表情のまま足元を睨んでいる。
「和希さん?」
俺を待ってたのか?いや、でも・・・
「あ・・・ああ、今日は早いね」
声をかけると、弾かれたように顔をあげた和希さんの表情が、さっと青ざめた。
「どうかしたんですか?」
らしくない表情に、不安を覚える。
「ねぇ・・・堂本君・・・君は、未来の事をどう思ってる?」
「どうって・・・この間答えたとおりですよ」
「うん・・・でも、もう一度聞きたい・・・君は未来が好きかい?」
俺を射抜く和希さんの目は、痛いくらいに真剣で誤魔化しなんてききそうもない。
誤魔化す?俺は自分を誤魔化してるっていうのか?
わからない。
コウがいるから?和希さんがいるから?
わかんねぇ・・・ただ、未来には笑っていてほしい。
笑顔でいてほしい。
泣かせたくは無い。
「・・・大切な奴だって、思いますよ・・・ただ、これが恋愛感情なのかなんて
今の俺にはわからない」
わからないんだ。
俺、今結構てんぱってる。
和希さんの気持ちも、
未来の気持ちも、
コウの気持ちも、
みんなの気持ちがわかるなんて、ただの傲慢かもしれないけど
3人の気持ちがわかりすぎて、俺自身は動けないんだ。
みんなが幸せに・・・なんて、無理なのかもしれない。
偽善的で、子供っぽい理想なのかもしれない。
だけど・・・そう願ってしまうことは、悪いことなんだろうか。
「そう・・・そう、か・・・」
和希さんは深く息をついた。
それは、諦めのため息のように聞こえる。
「和希さん?」
「僕は・・・未来を愛しているんだ・・・妹として以上にね。
だから、あの子を置いて一人で逝かなければならないって知った時、
怖かった・・・すごく怖かったんだ」
足元に視線を落として、呟いた言葉は嘘偽りの無いものだろう。
自分が死ぬのは怖い。
それも愛している人をたった一人残して逝かなくてはならないのは
何よりもつらくて、怖いだろう。
「この気持ちを伝えるべきか、そうじゃないか・・・直前まで悩んだよ。
悩んで・・・悩んで・・・苦しかった。結局は伝えなかったけど
今でも後悔していたりするんだ・・・滑稽だろう?」
自嘲的に微笑むこの人を、一体何がそれほどまでに追い詰めているんだろう?
人を好きになることは、きっととても楽しいことだけど・・・反面辛い。
叶わない願いだと、気づいてしまうこともあるから。
お互いに想いあっていても、
結局は個人である限り、全てを分かり合うことなんて無理だ。
俺はそう思う。
片思いならなおのこと、人は臆病になる。
恋愛に後悔はつきものだよ、和希さん・・・
「結局は、死んでまでこうして未来の傍にいて・・・あの子の幸せを願っているんだ。
触れ合うことすらできない、認識してももらえない関係だけど・・・
僕は彼女を愛しているよ」
俺は、何も言えずに和希さんの言葉を聴くだけしかできない。
誰の助けにもならない俺は、一体何のためにいるんだろう?
「・・・連れて行ってしまいたい・・・そう言ったら怒るかい?」
「それは・・・」
間違ってる。言おうとした言葉を飲み込んだ。
間違っているのか?本当に?
未来もそれを望んでいた・・・和希さんもそれを望んでる・・・
間違っているのか?
『死が二人を別つまで、愛し続けると誓いますか?』
結婚式のときに言う台詞を思い出した。
絶対的な別れのはずの死にも別たれず、愛し合う二人の気持ちは
間違ってるか?
いや・・・でも・・・
死は何も生まない。死ぬことで解決する事なんて何も無い。
そう思っていたはずなのに、この2人を見ていたら、
それすらも間違っていない、正しいことに思えてしまう。
でも、きっと違う。
そんなのは幸せとはいえない。
多分・・・
「あの子の幸せは、どこにあるんだろうね・・・
あの子が望むことなら、何でもしてあげたい。
未来が僕を選ぶのなら・・・僕は止めない・・・でもね、
生きていてほしい・・・とも思うんだよ・・・矛盾してるだろ?」
「俺は・・・でも・・・」
「ねぇ、堂本君・・・君は未来を幸せにできるかい?
あの子を守ってあげられるかい?」
「・・・わかんないっす・・・でも、笑っていてほしいとは思うから・・・」
屈託の無い笑顔で、周りを幸せな気持ちにさせるくらい笑っていてほしい。
未来は、笑顔が似合ってる。
「そう・・・そうだね・・・うん。幸せにします。なんて言い切られるよりも
ずっと安心してしまうのはどうしてだろう?」
ふふっと笑う顔は、寂しそうでもあり、嬉しそうでもあった。
「君に、任せるよ・・・僕にはもう、未来を愛する資格は無い。
迷惑かもしれないけど、お願いしてもいいかな?」
「迷惑なんて思ってないっす」
和希さんのように、未来を愛せる自信は無い。
女としてみているかもわからない、今の状態では、まったくわからない。
だけど、迷惑だ何て思わないよ。
今だって、未来のことは大切な友人だと思ってる・・・和希さんの事も。
「俺は、未来も和希さんも好きだ。だから、迷惑なんて思ってない」
「君がいてくれて、本当によかった・・・玄関開いてるから入って」
「は?でも未来が・・・」
「未来はバスルームにいる。まだ間に合うはずだよ」
その時、俺は初めて、和希さんの微笑みの意味を知った。
寂しそうで、辛そうな笑顔の意味・・・それは・・・
「未来!!」
一人取り残されたと思っている、寂しい彼女の名を叫ぶようにして呼んで
玄関のドアを開ける。
始めてきたわけじゃない、前にも何度か、コウやおハルときたことがある。
だから、大体の部屋割りは把握していた。
迷わずに一階の奥にあるバスルームに向かう。
ちょろちょろと流れる水音に、血の気が引いた。
「未来!おい、未来!」
明かりの点いたガラス越しの戸をあけると、そこに絶望的な風景が広がる。
真っ赤とまではいかないけれど、赤く染まった水がバスタブから流れてる。
そこにもたれかかるようにして、蹲っている未来の腕が
片方だけ水に浸かっていた・・・赤い水の原因は、その手首から流れる血。
水の中で、流れる赤い血が、ゆらゆらと揺れている。
「おい、嘘だろ!未来、未来!」
駆け寄って抱き上げると、未来のまぶたがかすかに動いた。
生きてる・・・よかった・・・
安心して、目頭が熱くなった。
「ど、もと・・・く、ん・・・?」
薄く目を開けて俺を確認すると、消えそうな声で名を呼ばれる。
真っ青な顔、その瞳は涙でぬれている。
「ばか、お前・・・何してんだよ」
声が震えて、上手く言葉が出ない。
だけど、生きていてくれた。
「ね・・・お兄ちゃん・・・い、るの?・・・そばに、居てくれるの?」
「・・・未来・・・」
そんなに好きなのか?そんなに恋しいのか?
俺が感じられる和希さんの全てを、お前に伝えてやりたいよ。
「お、にい・・・ちゃ、ん」
「未来?未来?おい、しっかりしろ」
兄を呼んで、またまぶたを閉じる。
完全に意識を手放してしまった未来の体は、ぐったりと重い。
「救急車を呼んだほうがいい」
背後から聞こえる、落ち着いた声に、俺の苛立ちは爆発した。
「あんた・・・あんたなんで、そんなに平気なんだよ!!
未来が、未来が死に掛けてるのに・・・なんで!!」
振り返ると、無表情で目を伏せて
未来だけを見つめている和希さんが見えた。
その顔からは、何の感情も汲み取れない。
「連れて行ってしまいたい・・・と言っただろう?」
ふっと笑顔を浮かべる和希さんに、初めて背筋も凍るような恐怖を覚えた。
この人は、死んでいるんだ・・・
いまさらだけど、俺はそう実感した。
「僕を、軽蔑するかい?」
無表情に俺の瞳を覗き込む和希さんの視線が、怖くて
目をそらして、ジーンズのポケットから携帯を取り出した。
今は、はやく未来を助けないといけない・・・
やっぱり、このままじゃダメだよ・・・和希さん。




人を愛する気持ちは、死んでしまうんだろうか?
いつかは、愛した人のことを忘れて、消えていってしまうんだろうか?
でも、俺は・・・死してなお消えない愛を知った。
それは、もう愛情というよりも狂気に近い。
なあ、どうすればいい?
どこに行けばいい?
誰も身動きが取れない今、俺はどこへ行けばいい?
なあ、未来・・・お前はどうしたい?
死ぬことが正しいことだとは思わない。
だけど・・・お前たちを見ているのは、とても辛い。



【続】
<<NOVELtop  <<BACK  NEXT>> 


◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

ごめん!以上!(マテ
え〜と、だって兄が恋しいんだよぅ
まあ、解説するとですね。
兄は暗い・・・と(解説になっちゃいねぇ)
ちなみに、堂本君も悩み、
未来ちゃんも悩み、兄も悩み
登場人物みんななやんでま〜す
くら!!一人くらい前向きになれ!!
まあ、ある意味名前でしか存在しないコウ君が
一番前向きかもしれないよ、この話・・・(笑)







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送