そこに存在するもの 5




白くて透けてしまいそうな肌の上で、長い睫毛が震えた。
ゆっくりと瞼が開いて、焦点の合わない瞳が現れる。
「よう、おはよ」
俺は、努めて明るく声を掛けた。
他にどんな風にして話しかけて良いのか分からない。
「・・・どう、も、と・・・くん?」
病室のベッドの中、白いシーツに包まった未来がこちらを向いた。
手首には包帯が巻かれている。
点滴のチューブに繋がっている、細い腕が痛々しい。
「気分わるくねぇか?」
「・・・わ、たし・・・死ねなかったのね」
未来は、乾いた声で自分をあざ笑うかのように呟いた。
その目に、失望の色が浮かんだのが分かる。
死ねなかったのが、そんなに残念なのか?
生きるって事は、お前にとって希望も見出せないほど辛い物なのか?
「死ぬなよ・・・」
祈るような気持ちを込めて、未来に伝えたい。
俺は、お前に生きていて欲しいよ。
それは、未来の希望とは違うものなのかもしれないけど、
死ぬことがいいことだなんて、俺にはやっぱり思えない。
「お兄ちゃんがいないのに、どうやって生きていくの?」
かすかに浮かんだ微笑は、虚ろで何の感情も映さない。
和希さんだけを求める未来。
未来だけを求める和希さん。
この二人が結ばれないのは、間違っているような気さえする。
だけど、和希さんは死んでいるし、未来は生きているんだ。
結ばれるはずの無い運命の二人。
俺にはどうすることも出来ない。
俺に出来るのは、ただ未来の傍に居ること・・・それだけだ。
「ねえ、お兄ちゃんいる?」
「いや、今はいねぇ」
「そう・・・」
病院についてから、和希さんの姿を見ていない。
実際それどころじゃなかった、ってのが正直なところだが・・・
今は和希さんの顔を冷静に見れる自信がなかった。
和希さんの未来に対する激情が、怖い。
「居なくなっちゃったかな・・・」
窓の外をぼんやりと眺めながら、未来が寂しそうにいう。
「死のうとしたから・・・呆れられて、見捨てられたのかな」
「ばーか、そんなわけないだろ。あの人はどんな時でもお前の味方だって」
「・・・なんだかおかしいね。堂本君とお兄ちゃんの話が出来るなんて
思いもしなかった」
「俺だって、お前の兄ちゃんの幽霊が見えるなんて思ってもなかったさ」
おどけた俺の言葉に、未来は力なく微笑んだ。
「どうして、堂本君にだけ見えるの?何で、私は見えないのかな?」
「・・・俺にもわからねぇ」
「いいなぁ・・・私もお兄ちゃんにに会いたいなぁ」
小さな子供が、羨ましがるような・・・拗ねたような口調で呟く言葉。
それは願いなんだろう。
未来が今、心から求めているのは、俺じゃなくて和希さんなんだろう。
もしも、この目とこの耳をお前に貸すことが出来たら、
どんなによかったか・・・
死んでしまった人間との恋愛なんて、不毛だけど
それでも、今みたいな寂しい思いはさせなくてすんだはずだ。
「会いたいよ・・・お兄ちゃん・・・」
姿の見えない和希さんに向かうその言葉を
俺はやるせない気持ちで聞いていた。
ここで、和希さんの変わりに未来を抱きしめればいいんだろうけど
俺にはその資格があるのか?
未来のことは大切だけど・・・俺は、和希さん程こいつを大切に思っているか?
わからねぇ。
だけど一つだけいえる。
未来を抱きしめるのは、
和希さん以上に、こいつを大事に出来る奴じゃないとダメだってこと。
ごめんな、未来・・・俺にはそんな自信がねぇよ。
「ごめん・・・な」
和希さんと約束したはずなのに、俺にはお前を幸せに出来る自信なんてない。
「堂本君のせいじゃないよ」
俺の言葉に、未来は今にも空気に溶けていきそうな、儚げな笑顔を浮かべた。
未来の幸せって、何なんだろう・・・




「どうして、抱きしめてあげなかったの?」
とりとめも無い会話を交わして、病室を出たところで声を掛けられた。
声の主は顔を見ないでもわかる。
和希さんだ。
「俺に・・・俺にその資格があるとは思えないっす」
「資格?」
「あんた以上に未来を幸せに出来る自信がない」
笑顔を守っていけると思ってた。
未来は笑顔が似合うから・・・だけど・・・
未来は和希さんが良いと言うんだ。
そして、俺も和希さんほど未来を大切に思える自信が無い。
死んでも後も傍にいて幸せを願うほど、俺は未来を好きなんだろうか?
女として意識したことが無い、といえば嘘になる。
未来は可愛いし、十分魅力的だ。
彼女に出来るのなら最高だとは思う。
だけど・・・好きかどうか、自分でも分からない。
それなのに、弱っている未来に漬け込むようなことしていいわけがない。
未来には幸せになって欲しい。
和希さんにも安心してほしい。
この気持ちに嘘はない。
だけど、俺が幸せに出来るかどうかなんてわからない。
本当は、出来ると思ってたんだ・・・和希さんの本当の気持ちを知るまでは。
連れて行ってしまいたいと本気で思っていた、
あの和希さんの激情を知るまでは・・・
「じゃあ、君は僕が誰よりも未来を幸せに出来ると思ってるの?」
「それは・・・生きていたら、そうだと思います」
「僕はね、もう死んでいるんだ。今話しているのは『もしも』の話じゃない。
実際に未来を幸せに出来るか、っていう事なんだけど?」
皮肉な笑みを口元に浮かべた和希さんの顔が、すぐ傍まで近寄ってきた。
男にしておくには惜しいくらいに整った顔立ちに、
静かな怒りが宿っている。
「早く決めてくれないと、僕はもう自分を抑えられない」
幽霊なのに、この威圧感は反則だろう?
俺、本気であんたに殺されるんじゃないかって思うくらい、
今のあんたは怖いよ。
怖くて、だから、何もいえなくなる。
「『もしも』僕がまだ生きていたとしたら、誰にも未来を渡すつもりは無い。
『もしも』僕に未来を抱きしめる腕があるんだとすれば、抱きしめて離すつもりは無い。
だけどね・・・すべて『もしも』の話なんだよ」
和希さんがゆっくりと俺に近づいてきた。
触れるはずの無い指先が、俺の両頬をはさむ様にして、サイドに添えられる。
和希さんの両手で頬を挟まれて、息もかかりそうなほどの距離に
男にしておくには惜しいほどの美貌が迫ってくる。
でもそれは、見惚れるほど綺麗で、鬼気迫る怖さがあった。
感じるはずの無い熱すら、感じさせるほど・・・
「『もしも』僕に体があったら・・・死んで何年にもなるのに、今でもそう願ってしまう。
・・・堂本君。君が未来を幸せに出来る自信がないんなら、僕にその体をくれないかい?」
「・・・か・・・かず、き・・・さん・・・」
冗談じゃねぇ。
そう言ってやりたいのに、喉の奥に言葉が張り付いて出てこない。
和希さんの目は、あまりにも真剣で・・・本気なんだとわかった。
「・・・冗談だよ・・・」
ふっと笑って手を離すと、和希さんはさっきとはまったく違う
いつもの笑顔を浮かべていた。
そこにいたのは妹思いで、優しくて・・・少し皮肉屋のいつもの和希さんだった。
「ごめん・・・ただ、僕はそれくらい君が未来を幸せにしてくれると思ってるんだ」
本当にごめんよ。
和希さんは心底謝っているように見える。
だけど・・・俺の体はいつの間にか震えていた。
俺は、和希さんの事を甘く見ていたのかもしれない。
未来の幸せを願うのも、和希さんの本当の気持ち。
未来を抱きしめたいと願うのも、和希さんの本当の気持ち。
その二つの気持ちの間で、揺れているこの人を本気で納得させるのに
どうしたらいいのか、わからない・・・
ただ、俺は和希さんと出会ってから初めて、自分の身に危険を感じた。
この人は、体を欲しがってる。
未来を抱きしめられる体を・・・
そして、唯一人、幽霊の和希さんが見える俺が狙われているんだとしたら・・・
俺は・・・




最愛の人を残して、死んでしまう。
そんな気持ち、俺にはわからない。
ただ、傍にいたかった・・・もっと傍にいたかったと願うだろう。
たとえ他人の幸せを奪っても願ってしまうだろう。
俺には、和希さんを責められなかった。



【続】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

堂本君、追いつめられてます。
むしろ、私が追いつめられています(鬱
さあ、この後どうなるんでしょ〜?(笑)
兄が暴走し始めるのか!
堂本君が腹をくくるのか!
いや、まあ・・・一応結論は決っているんですけどねぇ。
あ、あとですね〜分岐にするかってやつですが
堂本EDに決定です。
ええ、自分の中で・・・ってか、兄シリアスはもうつらい。
マジで、連れて行っちゃうよこの人(鬱
なんで、兄EDは、コメディタッチで分岐というよりもパロディで
お届けしようと思ってます。
あっはっはー予定は未定ですが・・・
じ、次回はハルちゃんとコウ君を出すぞーー!
早めに更新します・・・・






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