そこに存在するもの 5.5




幽霊がいるのなら・・・出てきて欲しかった。
姿を見せて欲しかった。
声を聞かせて欲しかった。
願って、祈って・・・でもあなたは現れてくれなくて・・・
夢の中にだけ現れるあなたは、昔と変わらず微笑んでくれる。
『僕の未来』
いつも言ってくれた言葉を、いつもの笑顔で囁いてくれる。
だけど、触れられない。
『愛してるよ』
優しい口調とは裏腹に、どんどん遠くへ行ってしまう。
ねえ、私も愛してるの。
昔とは違う気持ちで、あなたを愛してる。
いなくなって初めて気がついたの、私はあなたを愛してる。
一人の男の人として愛してる。
あなたが居てくれるのなら、他には何もいらない。
あなたさえ居てくれるのなら、本当に何もいらないの。
傍に居て・・・抱きしめて・・・
あなたが私を妹としてしか見てくれなかったとしても
あなたにこの気持ちだけは伝えたい。
ねえ、お兄ちゃん。
未来は、お兄ちゃんを愛してる。
それなのに・・・どうして?
どうして、私には姿を見せてくれないの?
何故、堂本君なの?




どうして、堂本君に話してしまったのか・・・今でもわからない。
お兄ちゃんが好きで好きで、たまらなく恋しくて・・・
誰かに話したかっただけなのかもしれない。
だから、一番近くにいてくれた堂本君に話したんだと思う。
それは、彼に対して甘えていたからかもしれなくて・・・
彼の事を信用していたからなのかもしれなくて・・・
本当のところは、やっぱりわからない。
この気持ちを、誰かに分かって貰おうなんて、考えもしなかった。
誰もわかってくれない、そう信じていたから。




「でも、和希さん・・・俺、本当のことしか言ってない。
だって、あんたは未来のこと好きじゃないか」
その言葉を聴いたとき、自分の耳を疑った。
そこに、その存在がいるかのように話す堂本君。
何を言っているの?
お兄ちゃんがそこにいるとでも言うの?
お兄ちゃんの気持ちを、さも理解しているように話す堂本君に
怒りと苛立ちを覚えて・・・私の気持ちなんてわかってもくれない彼に
半ば八つ当たりで怒りをぶつけた時、堂本君は私ではない誰かに
『和希さん』と語りかけた。
「な、に・・・?何を言っているの?」
あまりの驚きに、怒っていたことすら忘れて、問いかけてしまう。
ねえ、何を言っているの?
お兄ちゃんがそこにいるの?
私の問いかけに、堂本君はしまったとでも言いたげに顔をしかめた。
しばらく考え込んで宙を睨んでから、観念したように私に視線を移す。
じっとこちらを見つめる瞳には、迷いが浮かんでいて、
捨てられて子犬のような情け無い表情だった。
でも、訊かずにはいられない。
本当にお兄ちゃんがいるのなら・・・
期待と不安と・・・悲しみが私の胸を支配していた。
「・・・堂本君?」
「・・・未来・・・俺、今からすっげぇ変な話するけど・・・信じてくれないか・・・
俺、和希さんが見えるんだ・・・いるんだよ、お前の傍に」
彼の目は真剣だ。
「初めて見えたのは、2年前だ。お前一人でここに来てただろ?
その時にさ・・・最初はお前の兄貴だって知らなくて、ただの幽霊だと思ってたんだ」
堂本君は、ゆっくりと言葉を選んで説明してくれていた。
私の傍にお兄ちゃんがいるのだと。
嘘じゃない、と思う。
多分本当のことを言っている。
いつもふざけた事ばかり言って、場を和ませてくれる堂本君。
だけど、嘘や冗談でこんな事を言う人じゃないって知ってる。
まだ2年くらいの付き合いだけど、そんな人じゃないって知ってる。
だから・・・きっとお兄ちゃんはいるんだ。
堂本君には見えているんだ。
私には見えないのに。
私には・・・見えないのに・・・。
「和希さんは、お前のこと心配なんだよ。
だから・・・さ、笑顔でいろ。お前が幸せになんねぇと心配で眠れねぇっつってるぞ」
柔らかい口調で、言い聞かせるような声が遠くで聞こえる。
すぐ傍でするはずの声が、とても遠くで聞こえる。
『いるんだよ、お前の傍に』
お兄ちゃんが、傍にいるの?
じゃあ、さっき言っていた言葉も本当なの?
『和希さんは、お前の事愛してるよ。妹以上に思ってる。』
妹以上に思ってるって、本当なの?
ちょっとだけ、思ったことがあるの。
お兄ちゃんは、もしかしたら・・・
私の事を一人の女の子としてみてくれていたんじゃないかって。
それは、儚い希望だった。
お兄ちゃんが死んでしまった今、確かめることすら出来ない。
ただの私の希望だったの。
子供だった私が気づかなかっただけで、
お兄ちゃんは、女性として愛してくれていたんじゃないかって。
だから・・・愛していたのなら迎えに来てほしかった。
ずっと、ずっと待っていたの。
だけど、気づかなかったのは、私なの?
お兄ちゃんはずっと傍にいてくれたのに、
私が気づかず、お兄ちゃんを責めていただけなの?
迎えに来てもくれない・・・そう思い込んでいただけ?
悪いのは、私?
「未来?」
遠くで、誰かが呼んでる。
心配しているような声がする。
堂本くんだって・・・わかっているのに・・・お兄ちゃんじゃないかって思ってしまう。
傍にいる・・・ずっと傍にいてくれた。
お兄ちゃん・・・




「そこにいるの?」
誰もいない、薄暗い部屋で宙に向かって問いかけた。
首の角度は、少し上向き。
いつもお兄ちゃんを見上げていた高さ。
お兄ちゃんが死んでしまったときから、一切手をつけていないお兄ちゃんの部屋。
だけど、もうお兄ちゃんの香りはしない。
サイドボードの上に乗っている、使いかけの瓶を手にとって、
少しだけ、宙にまく。
シュッと音を立てて瓶から出た液体から、お兄ちゃんの使っていたムスクの香りがした。
甘くて優しい香り。
昔は考えなかったけれど、その香りはお兄ちゃんにとても似合っている。
優しくて、甘くて・・・少し切ない香りだった。
堂本くんと、どうやって別れたのか覚えていない。
気がつくと、ここにいた。
ムスクの香りは、お兄ちゃんを思い出させるけれど
お兄ちゃんの体温までは伝えてくれないね。
「ねえ、お兄ちゃん・・・私の傍にいるの?」
もう一度問いかける。
もちろん、答えは返ってこない。
悲しいのか、寂しいのか・・・もしかしたら、嬉しいのかもしれない。
唇が震えて、ぎゅっと奥歯を噛むと、頬を涙が伝った。
ごめんね。
ごめんね。
ずっと気づけなくてごめんね。
傍にいてくれたんだね。
それなのに、一人ぼっちで寂しいなんて思っていてごめんね。
未来を一人ぼっちにしたなんて、責めてごめんね。
悪いのは、私なんだね。
気づかなかった未来が悪いんだよね・・・
「ごめん・・・なさい・・・」
お兄ちゃんのベッドに倒れこむ。
お兄ちゃんの気配が消えるのがイヤで、一度も干していない布団からは、
少し埃っぽい匂いがする。
消えてほしくなかったの。
少しでも、お兄ちゃんが居た時のままにしておきたかった。
だけど、時間は無情で・・・
少しずつ、少しずつ・・・お兄ちゃんの気配を消していった。
どんなにムスクを宙にまいても、お兄ちゃんがつけた時の香りはしない。
似ている香りが漂うだけ。
傍にいたかったの。
もっともっと傍にいたかったの。
生きていてくれたら・・・この気持ちも伝えられたのにって。
お兄ちゃんが居なくなって、初めて気づいたこの気持ち。
「・・・愛してるの・・・」
枕を抱きしめながら、震えた声で囁いた。
傍にいるという、お兄ちゃんに届くように。




いつの間に、眠ってしまったんだろう?
霞がかかったみたいに、考えがまとまらない。
部屋の中は薄暗くて、どれだけの時間がたったのかすらわからなかった。
ただ・・・かすかに懐かしいムスクの香りが鼻をつく。
わかるのは、お兄ちゃんが傍にいてくれる・・・それだけ。
私には見えない。
触れることも出来ない。
声も聞こえない。
そこに存在していることすら、わからないけれど・・・
お兄ちゃんは傍にいてくれる。
堂本くんの言葉が、本当か嘘かなんて、もうどうでもよかった。
『いるんだよ、お前の傍に』
『和希さんは、お前の事愛してるよ。妹以上に思ってる。』
あの言葉だけ・・・信じていればいい。
依存している、と言われるかもしれないけれど、
私はお兄ちゃんが居ないと、どうすればいいのかもわからない。
お兄ちゃんが死んでしまって後の時間を、どうやって過ごしたのか、
どうして過ごせたのかも・・・わからない。
会いたい。
会って、抱きしめて・・・愛していると伝えたい。
それとも、もう伝わっているかな?
こんな私を、お兄ちゃんは怒るだろうか。
それとも、喜んでくれるだろうか。
怒られるかもしれない。
でも・・・それでも・・・会いたい。
ふらふらと、おぼつか無い足取りで部屋をでる。
向かう先は、キッチン。
一人でもしっかりしなきゃ、お父さんにもお母さんにも、お兄ちゃんにも怒られる。
そう思ってきたから、家の中は片付いてる。
キッチンもちゃんとしていた。
それをしまっている引き出しを開けて、
手に取るのにさほど躊躇はしなかった。
これが、どんなに愚かしい行為なのかなんて、言われなくてもわかってた。
だけど・・・やめるつもりは無い。
次は、バスルームに向かって蛇口をひねるだけ。
ザバザバと勢いよくお湯が、バスタブに注がれる。
この水が溜まれば、全てが終わる。
私は、愛しい人に会いにいける。
バスルームのタイルに膝をつく。
お湯はもう、バスタブの半ばまで溜まっている。
深く息をついて、微笑んだ。
もうすぐ・・・会いにいける。
左腕を伸ばし、さっきキッチンから取ってきたものを当てる。
ぐいっと力をいれて、それを右に引くと、
電気が走ったような痛みを感じた。
力を抜くと、お湯の中に左手が沈む。
キラリっと光る果物ナイフが、ゆっくりと水の中に沈んでいく。
左の手首から、ゆらゆらと赤い血がお湯の中で踊っている。
ねえ、お兄ちゃん。
こんな私を、怒りますか?
今、私をみて怒ってますか?
・・・怒られてもいい、怒鳴られてもいい。
呆れてもいいから・・・だから、お願い。
未来を抱きしめてね。
傍にいけたら、抱きしめてね。
それだけが、私の望みなの。





【続】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

未来ちゃん、淡々としてるなぁっと(マテ
いやぁ〜なんていうか、人が死を決意した時って
何を思うんだろうなぁ〜っと思って・・・
手首を切った未来ちゃんの心情を書きたくて書きました。
が、淡々としてるなぁ〜これでいいのか?
ま、いっか!(いいのか!?






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