そこに存在するもの 6




強く誰かを想う事。
強く誰かを欲する事。
その気持ちに歯止めなんてかけられない。
俺は、全てを見守るつもりだった。
彼女の涙が、いつか笑顔に変わるのを。
彼の想いが、いつか安らぎに変わるのを。
だけど・・・見守るだけしか出来ない自分が歯痒かった。
何かをしてあげたかった。
彼女の笑顔の為、彼の安らぎの為。
自分が全てを変えられるなんて、ただの傲慢。
俺の行動は、彼女を追いつめ、彼を焦らせた。




『和希さんの幽霊が見えるんだ』
そう未来に伝えたら、楽しくなると思ってた。
和希さんとの軽口に、未来も交えて・・・すっげー楽しいだろう。
本気でそう思ってた。
浅はかだよなぁ、俺。
話を出来たとしても、自分の言葉を直接伝えられない和希さんのジレンマも
好きな人の姿も声も聞こえない、未来の寂しさも・・・全然理解してなかった。
俺だけが、二人と直接話せる。
満足するのは、俺だけ。
俺を挟んだ会話が、どれだけ二人につらい思いをさせるかなんて
ホントに想像すら出来なかったんだ。
『和希さんの幽霊が見えるんだ』
その言葉の結果が今だ。
未来は・・・自分には見えない和希さんを恋しがる。
和希さんは、未来の気持ちを知って・・・激情をあらわにした。
もう、前のようには戻れない。
いい兄貴だと思っていた和希さんに、俺は今恐怖を抱いてる。
あの人が怖い。
友人だと思っていた未来を、俺は今重荷にすら感じてしまっている。
幸せになってほしい・・・でも俺には無理だ。
俺には・・・無理なんだ。
逃げてしまいたかった。
逃げ出したかった。
その行動がどんなに卑怯なことかわかってるのに。
もしも、俺が和希さんに気がつかなければ、きっとこんな事にはならなかった。
寂しさの中でも、徐々に笑顔を見せてくれていた未来。
最愛の人を失った過去を、乗り越えようと足掻いてた未来。
俺が和希さんの想いを伝えなければ、淡くだけど激しい恋の炎は
いつか、穏やかな物に変わって行ったんじゃないだろうか?
もういない人への恋慕は、誰にも伝わることなく、
甘くて切ない想い出に変わって行ったんじゃないだろうか?
和希さんだってそうだ。
俺が和希さんに気付きさえしなければ、
未来への激しい情愛の中、それでも妹の幸せを願い祈り、
そっといつまでも傍で見守っていれたんじゃないか?
俺の存在が、2人に甘い夢を見させた。
繋がってしまった互いの想いに気付かせてしまった。
妹としか見られていない。
そう想っていた男が、実は自分を一人の女としてみていた。
死んでもなお、傍にいて守ってくれるほど愛しているのだと・・・未来に伝えてしまった。
妹の想いを知っても、肉体の無い自分の想いを封じ込めていた男に
彼女が自分の命を懸けてもいいほど、彼を求めているのだと・・・和希さんに知らしめた。
和希さんの姿が見える。
それだけで、俺は誰よりも2人に近い存在なんだと思い込んだ。
未来からもたらされる、和希さんの情報。
和希さんからもたらされる、未来の情報。
互いしか知らないはずの情報を、俺だけが知っていた。
だから、勘違いした。
俺が此処まで2人に踏み込んでいいはずはない。
2人の心をこじ開けて、進入していい権利はない。
ない・・・はずだった。
その禁忌を破ったのは、他でもない自分自身。
逃げたかった。
卑怯だと罵られようとも、馬鹿だと罵声を浴びようとも。
もう2人を見ていく勇気が俺にはない。
未来が入院してから、すぐに夏休みがはじまった。
おハルもコウも心配して、見舞いに行ったりしていたらしいが
俺は行かなかった。
行けなかった。
和希さんに会うのも、未来に会うのも怖かった。
俺の罪が、2人を傷つけた事実から目をそらした。
俺は、2人が好きだった。
今でも好きな気持ちは変わらない。
だけど、俺にはもう無理だ。
未来の事を思うたび、和希さんの事を思うたび、
自分の犯した罪がありありと目の前に叩きつけられる。
望んだのは、彼らの笑顔。
幸せになって欲しかっただけ。
ただそれだけだったのに・・・俺は無力で不甲斐ない。
ただ祈る。
彼女が笑顔を取り戻す事を。
彼が安らぎを手に入れる事を。
祈ることすら赦されないかもしれないけれど・・・
だから俺は・・・この罪を誰かに押し付ける。
1週間ぶりに訪れた大学は、夏休み前とあまり変わらない。
まだ7月だというのに、暑い日ざしが容赦なく照りつける。
救いは、構内にところ狭しと植えられた木々。
濃い緑の葉が、風に揺られて、涼しげな葉連れの音を響かせた。
中庭を突っ切って、目的地へと一歩一歩近づく。
俺のこんな気持ちを押し付けられる、不幸な親友の姿が
グラウンドを走っているのが見えた。
俺は逃げたいんだ。
お前に全てを託してもいいか?
卑怯者と罵ってくれてもいい。
なあ、俺はどこから間違えたんだと思う?






「よぉ」
いつもと変わらないように。
努めてそれを心がけながら、ベンチに座る見慣れた後姿に声をかける。
『いつも』なんて考えが、すでに日常を放棄しているのに。
「あっれぇ?どうしたの?めずらしいじゃない」
ノートに熱心に何かを書き込んでいたおハルが、振り向いた。
「補習でもあった?」
冗談交じりの口調が、心地よかった。
つい最近までの俺の日常がそこにはある。
「んなもんねぇよ。俺はいたってマジメな学生なんでね」
「ふ〜ん。そう。堂本君はマジメなんだぁ」
小憎らしいことに、マジメって言葉を強調しながら、棒読みの言葉。
ま、確かに俺はマジメな学生ではないですけどね。
「で、どうよ?コウの調子は?」
「ん〜順調よ。遠征から帰ってきて、チームメイトとの連携も戻ってきたし。
ちょっと調子悪い時期もあったけど、足も大丈夫みだいだしね」
日本代表の遠征から帰ってきて、コウは足を悪くした。
それを未来の知り合いの医者に頼んで、直してもらって・・・
リハビリも順調にこなし、やっとゲームにも参加できるようになっていた。
不安定だったコウを支えていたのは、未来だった。
それははたから見てもわかるくらいの献身ぶりで、
一時期、コウと未来は付き合っているんだ。
なんて噂が実しやかに囁かれていたけど、
そうじゃないって事は、本人たちから聞いたから知っている。
未来いわく
『幼なじみだもの』だそうだが。
あの時は、コウの気持ちを知ってるだけに少し同情したっけ。
未来は鈍すぎる。
コウの気持ちに気付かないなんて、鈍感の極み。
なーんて思っていたもんだけど。
だけど、それは未来の心の中に、和希さんがいたからなんだな。
未来の心には和希さんしか見えていなかったから。
あんな人が傍にいたんなら、他の男なんて目に入らなかっただろう。
今更だけど、未来を責めていた自分が腹立たしい。
「じゃあ、もうホントに大丈夫なんだな」
「うん。完全復活よ。思ったよりも軽度だったから」
嬉しそうに頷くおハルに、安心した。
それなら、コウに任せられる。
勝手な考えが頭を過ぎった。
全てを話せるわけじゃない。
だけど・・・俺よりは、未来の事を考えられるだろ?
俺じゃ、ダメなんだ。
「ねえ、それよりさ。未来のお見舞い行った?」
「あ〜・・・いや。俺ここんとこ、バイトが忙しくってさぁ」
「そう・・・風邪をこじらしたっていうけど・・・なんだか元気なくない?」
「あほか。入院患者が元気でどうするよ」
「・・・そうだけど・・・」
おハルたちには、未来が入院した原因を話していなかった。
いや、正確には嘘をついた。
風邪をこじらせて、倒れていたのを俺が見つけて病院に運んだ。
そういう事にしてある。
むやみに心配させたくなかったし、未来の気持ちも考えた上での嘘だ。
未来にも承諾はとった・・・静かに微笑むだけだったけど。
「なあ、このあと休憩ってあるのか?コウに話があるんだけどさ」
「ん〜そうねぇ。あんまり無理させられないし、そろそろ休憩してもいいかな?」
独り言のように呟いて、おハルはベンチから立ち上がった。
「コウくーーん。休憩にしてーーヒロが呼んでるわよー!」
ブンブンと、グラウンドに向かって手を振ると、小さな影がひとつ
こちらを振り返ったのが見えた。
「・・・何も、今じゃなくてもいいのによぉ」
「今のコウ君を無理させちゃいけないの。理由をつけて休ませないと
いつまでたっても休まないんだもん」
意外なほどしっかりしたマネージャーは、
傍においてあったいくつかのタオルの山の上から、ひとつを取って
こちらに駆けて来る影に向かって放り投げた。
「さんきゅ、ハルちゃん。で、どうしたんだ、ヒロ?」
息をきらせて、汗まみれのコウは、男の俺からみてもカッコいいと思う。
何かに夢中になっている奴ってのは、これだけ輝くものなのか。
「ちょっとな・・・話せるか?」
あいまいに微笑んで、親指で後ろをさした。
別にどこか目的地があったわけじゃない。
ただ、今から話す内容をおハルには聞かせたくなかった。
「あ〜・・・うん、学食でも行くか。ハルちゃん、
そういうわけだから、ちょっと抜けてもいいかな?」
何かを察したのか、嫌がる様子も見せずコウは頷く。
「オーケー。こっちは気にしないでもいいわよ」
「よろしく」
「んじゃな、おハル」
「はいはい、いってらっしゃい」
手をひらひらと面倒くさそうに振るおハルをしり目に、
コウと2人、学食に向かって歩きだした。
どうやって切り出そう。
なんて言えばいいだろう?
『和希さんの幽霊が見えるんだ』
なんていっても信じてもらえない。
きっと信じてもらえない。
ってか、無理だ。
俺だって、信じねぇ。
「なあ、どうしたんだ?何かあったのか?」
迷いながら歩いていると、いつの間にかグラウンドを抜け
中庭に戻ってきていた。
中庭は、グラウンドと学食の丁度真ん中にある。
ここまで、ついつい考え込んでしまって黙り込んでいたようだ。
う〜ん、話があるって呼び出しといて、だんまりかよ、俺。
「・・・お前・・・未来のこと好きだよな?」
疑問系で問いただす。
だけど、この問題に答えはいらなかった。
知っていたから・・・。
直接詳しく聞いたわけじゃないけど、コウの態度をみれば歴然だ。
「はっ?」
突然の言葉に、コウは驚いたように目を見開いている。
うん、やっぱ驚くよな。
「未来の・・・未来の事なんだけどさ・・・あいつ、入院してるだろ?
あれって、肺炎じゃないんだ」
言ってもいいだろうか?
言わない方がいいんだろうか?
だけど・・・コウ以外に未来を救える奴なんて俺にはわからねぇ。
俺は、未来を好きだ。
でも、それは友達としての気持ち。
一人の女の子として見ろ。といわれても困ってしまう。
未来は可愛いし、好きになれるかもしれない。
だけど、やっぱり俺の中では親友の好きな子で・・・。
彼女を恋愛対象で見るためには、コウの存在は大きくて・・・。
俺の気持ちは、和希さんにもコウにも負けていると思う。
だから、未来を少しでも幸せにしてくれる可能性のあるコウに託したい。
和希さんの事は話さなくても、いつも未来を見ているコウの事だから
きっと、あいつの変化に気付いてる・・・ハズだ。
「・・・あいつ、さ・・・寂しいみたいなんだ。それで・・・」
「死のうとした、か?」
ため息と共に吐き出された言葉に、耳を疑った。
知っているのか?
俺の表情が語っていたのか、コウは苦笑を浮かべて頷いた。
「聞いたよ。未来から・・・ハルちゃんは知らないみたいだけどな」
淡々としたコウの口調が、妙に腹立たしかった。
何でこいつは、こんなに冷静でいられるんだ?
「知ってるんなら・・・知ってるんなら、なんでお前は傍にいてやらねぇーんだよ!!」
怒りが、腹のそこから湧き上がってくるような感覚が俺を支配する。
コウは、いつでもどんなときでも、未来を大切にしてた。
だから俺は・・・。
「今一緒にいてやらなくて、いつ一緒にいるんだよ!
あいつが、未来が苦しんでるときに、傍にいてやらねーで、何が大切だよ!!」
衝動的にコウの胸倉を掴む。
コウは抵抗もせずに、静かでだけど悲しい光をたたえた瞳でじっと俺をみつめていた。
「・・・わかってるよ。わかってるけど・・・」
「わかってねぇよ!何でサッカーなんてやってんだよ。
そんなにサッカーが大事か?好きな女より大事なのか!!」
「俺じゃ、ダメなんだよ!!」
まくし立てる俺を落ち着かせるように、肩に置かれたコウの両手に力が入る。
「俺じゃ、ダメなんだよ・・・」
もう一度、悔しそうに呟いてコウは目を伏せた。
「未来に言われたんだ。俺じゃ、ダメだってな」
悲しげな声が、頭の中に直接しゃべられたみたいに響く。
伏せた顔、悔しそうに震える手、悲しげな声。
俺は、希望を失った。



【続】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆

次回もコウ君出張る予定です。
可哀相に、堂本君は逃げ場を失いました(笑)
彼ったらドンドン追いつめられていきますね。
がんばれー堂本広!(無責任作者/逃げ)






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