そこに存在するもの 7.5





出会いは6歳の頃。
母親同士が友人で、未来の家に遊びに行く時に一緒に連れて行かれた。
『お友達になってあげてね』
前から知っていたおばさんが、初めて見る女の子を紹介してくれた。
未来、と名乗ったその子は、大きくて薄い茶色の瞳でじっと俺を睨んでた。
今思うと、きっと人見知りをしていたんだろう。
だけど、その当時の俺にはそんな事わからなくて、
今まで見たことも無い可愛い女の子に、睨まれて落ち込んだ。
女と遊ぶ事も少なくなってきていたし、
あいつは、いつも母親か兄貴の背中に隠れていたから
めったに話す事はなかったと思う。
親しくなったのは、小学校に上がってから。
家が近所だったせいもあって、登下校はいつも一緒だった。
少しずつ心を開いてくれる未来が嬉しくてしかたなかった。
その気持ちが、恋なんだってわかったのはいつだっだだろう?
低学年の頃は一緒に遊んでいたけど、小学3年になって俺はサッカーにはまった。
放課後はいつもグラウンドで、仲間とサッカーばかりの毎日。
未来とは登校は一緒でも、下校は別々になった。
そのお陰で、あいつが苛められていたってのに気付かないでいたんだ。
未来は元来口下手で人見知りが激しく、人の輪に入るのが苦手だった。
よくは覚えていないが、無視されたり教科書に落書きされたり、
お決まりでえげつない苛めだったらしい。
それが未来の人見知りに拍車をかけて・・・
俺が苛めに気がついた時には、未来は登校拒否を起こすまでになっていた。
そこで俺が取った行動は、あまりにも稚拙で恥ずかしいものだ。
『未来は俺の彼女だからな!苛める奴は容赦しねーぞ』
誰が苛めの首謀者なのか、全然わからなかったから、
周りにそう嘯いた。
未来にも、否定しないように言いくるめた。
事実俺は未来が好きだったし、未来を苛める奴には容赦しないつもりだった。
しかし、何てませたガキだろう。
小学5年の頃なんて、俺の身長はまだ未来よりも少し低くて、
ちびだったくせに、イキナリの恋人宣言だ。
結局そのお陰もあってか苛めは無くなり、未来は普通に通学出来るまでに回復して。
おばさんにかなり感謝されたような気がする。
そのまま、同じ中学に上がり、同じ高校に通い、同じ大学に合格した。
未来にとって、俺は幼なじみでしかないってことは、十分承知していた。
だけど・・・俺は12年越しの初恋を叶えたくて、意を決して告白をしてみたんだ。
答えはわかっていた。
けど、告白する事によって意識を変えて欲しかった。
友達としてじゃなく、男としてみて欲しかった。
だから、あの告白はちょっとした予行演習みたいなもんだ。
ショックじゃなかったと言ったら嘘になる。
わかっていても、好きだと伝えたかったんだ。
こっちを向いて欲しかった。
あいつがいつも兄貴を追っていたのはわかってたさ。
だけど、兄妹だろ?
叶わない恋を追い続けるんじゃなくて、俺を見てほしかったんだ。
なあ、未来。今、一人きりになって・・・何を思う?
お前を守っていた両親も兄貴もお前を置いていった。
俺はお前を支えてやりたいんだ。
好きだよ。
もう思い込みに近いほど、お前を好きだって俺の頭がいうんだ。
お前を求めて、無理やりにでもこの腕で抱いてしまいたいって・・・俺は思っちまう。
それはお前を傷つける行為だから、決して出来はしないけど。
俺の気持ちは、もう限界突破しそうだ。
お前を守りたい。
ずっと、傍にいたい。
だから・・・そんなに悲しい顔をしないでくれ。







白い壁、白いベッド。
微かに漂う消毒薬の香り。
伏せたまま微動だにしない頬に
長い睫毛が、薄ベージュのカーテンの隙間から漏れる光が影を作る。
そういえば、しばらく会っていなかったな。
今更後悔しても遅い。
青白い顔に、少しだけこけた頬。
シーツからはみ出た細い腕には、点滴の管が繋がれていた。
ゆっくり落ちる点滴の中の薬品を見ながら、俺はため息をついた。
「未来?」
呼びかけに答える事もせず、想い人は眠り続ける。
「未来、起きてるんだろ?狸寝入りは通用しないぜ」
「・・・ばれてたんだ」
返事をした乾いた声には生気がなかった。
薄目を開けた未来の視線は、俺の方を向く事も無く宙を彷徨う。
「当たり前だろ。何年の付き合いだと思ってるんだよ」
「眠っていたいの・・・ずっと眠っていたい。お願い、邪魔しないで」
「いったいどうしたんだよ?お前らしくないぞ」
何が未来をここまで追いつめたのかわからない。
今の未来は、まるで二年前に戻ったみたいだった。
二年前・・・両親を事故でなくし、兄を病気で亡くしたあの時。
世の中の全てを拒絶して、食事も眠る事も放棄してしまったあの時。
誰だって、家族が居なくなればそうなるだろう。
だけど未来は、2年の月日をかけて回復したんじゃないのか?
俺はまた、気付かずにいたのか・・・
「私らしいって、何?」
「笑えよ。お前は笑った方が可愛いよ」
「ふふ・・・なんだかその言い方、お兄ちゃんみたい」
「そ、そうか?」
図星をつかれてうろたえてしまう。
和希さんが死んでから・・・俺は和希さんの代わりになろうと努めてきた。
未来が和希さんを探してた。
だから俺が和希さんの代わりになろう。
そう決めていた。
未来が和希さんに抱いていた淡い恋心。
和希さんのように振舞っていれば、いつかは未来も俺にそんな気持ちをもってくれるんじゃないか・・・
卑怯なのは十分承知の上で、俺は未来の寂しさに漬け込んでいた。
「コウ君変わったよね。すっごく優しくなった・・・
最近ね、思うの。お兄ちゃんは私たちよりも6歳も年上で大人だったじゃない?
男の人って、大人になったら優しくなるのかなって」
「和希さんは、元から優しい人だっただろ」
「・・・そうね。お兄ちゃんは昔から優しかった。でもコウ君も優しかったよ」
「そうか?」
未来の頬にかかった髪を指でよけてやる。
柔らかな頬の感触と、ありがとうと呟いた未来の微笑みが愛しい。
抱きしめたら折れてしまいそうな細い体は、儚くて消えてしまいそうだ。
「なあ、未来・・・風邪で倒れたっていうけど、お前また何も食べてなかったんだろ。
うちのお袋が心配してたぞ」
「うん・・・」
「だからさ、前から言ってるけど、やっぱりうちにこいよ」
一人きりになった未来のことを心配している俺の両親は、
前々から未来と一緒に住みたいと言っていた。
気持ちはわかる。
2年前のあの状態の未来を見ていたら、こいつを一人になんてさせたくない。
俺だって同じ気持ちだった。
「・・・ごめんね・・・行けない」
悲しげに目を伏せて、未来は首を横に振る。
「おばさんもおじさんも大好きよ。だけど・・・ダメなの」
「なんでだよ?今更気を使う仲でもないだろ」
「勝手だってわかってるわ。でも・・・コウ君の家族を見てると昔を思い出す。
お父さんがいて、お母さんがいて、お兄ちゃんが居る・・・あの頃を思い出すの。
戻れるんじゃないかって・・・夢をみてしまう」
未来は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
大きな瞳には、今にもこぼれそうな涙がにじんでいる。
「じゃあ、俺と一緒に暮らさないか?2人で暮らそう。
お前を一人にはさせたくない。俺がいるから・・・そんなに寂しそうにするなよ」
「コウ君・・・」
「俺、お前が好きだよ。誰よりも愛してる。だから、一緒に暮らそう?」
片手にすっぽりと収まる未来の頬は、柔らかかった。
そのままキスしてしまいたい衝動を抑えて、出来るだけ優しく言う。
包んだ頬に、一筋の涙がこぼれる。
「・・・ごめ・・・なさ・・・い・・・」
「お前が俺の事幼なじみとしてしか見てないのはわかってるよ。
お前がいいって言うまで、俺は何もしない。ただ傍にいさせてくれ」
「ちが・・・うの・・・違うの、コウ君」
弱弱しく首を横に振り嗚咽交じりの声で拒絶されるのは、辛い。
「俺を男として見ていなくてもいい。
俺は未来の事を好きだけど、同じものを還して欲しいとは望まないぞ?」
「違うの・・・私・・・コウ君の傍にいるのも今は辛いの。
お兄ちゃんと似てるから・・・お兄ちゃんを思い出す・・・私・・・」
未来はそのまま何も言えず、唇をかみ締めたまま涙を流し続けた。
未来が求めていると思ったから、俺は和希さんのようになろうとした。
未来の求めるままに。
自分の中にある、未来への欲望も何もかも閉じ込めて。
ただ、未来を守る為だけに・・・
「俺と居るのが、辛い・・・?」
「ご・・・めん・・・」
「俺じゃあお前の支えにならない?」
「・・・ごめんなさい・・・」
両手で顔を覆って、未来はなき続ける。
泣かせたいわけじゃない、苦しめたかったわけじゃない。
好きだから、愛していたから・・・
「謝るなよ・・・お前のせいじゃないさ。俺に魅力がなかっただけだろ」
拒絶された恋心が、痛くないわけじゃなかった。
ただこれ以上泣かせたくなくて、慰めの言葉を吐いた。
「違うの!違う!コウ君の事は好きよ。でも、違うの」
「男としては好きになれない。か・・・」
「・・・私・・・好きな人がいるの・・・」
大きな瞳から涙をこぼしながら、未来は俺を射抜くような視線で見ている。
強い光を宿した瞳。
「誰・・・だよ?」
俺が欲してやまない未来の心を捉えて、
それなのにこんな状態にまで放って置く男が憎い。
もしも目の前にいるのならば、殴りかかっていたかもしれない。
「・・・お兄ちゃんなの・・・私、お兄ちゃんが好き。愛してる。
でも・・・もういなくて・・・会いたくて・・・死のうとしたの」
ベッドから上半身を起こして、袖をまくった未来の手首には
痛々しい包帯が巻かれていた。
「風邪なんかじゃないの・・・私・・・死のうとしたの・・・」
「なに馬鹿なことしてんだよ!!」
「だって!!会いたかったの!!傍にいきたかったの!!
・・・だから・・・コウ君じゃダメなの・・・ごめんなさい・・・」
ボロボロとこぼれる涙を拭きもせず、頭を下げる未来。
未来はこんなに強く物を言う奴じゃない。
だけど、こうと決めたらすごく頑固で。
小さい時から変わっていない、その芯の強さがうらやましく感じたこともある。
だけど、それとこれとは別だ。
自殺なんて・・・
「・・・堂本君にも言われたわ。死ぬなって・・・わかってる。
お兄ちゃんだって、こんな私のことは嫌いなはずだってわかってるの。
だけど・・・どうやって生きていけばいいのか・・・もうわからない」
震える肩を抱き寄せる。
愛しくて、大切な未来。
「俺が、忘れさせてやる・・・俺のものになれ」
弱い力で押し返されて、抱きしめたぬくもりが遠ざかる。
「ダメ・・・コウ君といると、お兄ちゃんを思い出す。
・・・ごめんなさい」
きっぱりと拒絶されて、何も言えなかった。
一人にしたくない、辛い気持ちから解き放ってやりたい。
俺は未来を大切に出来ていると思ってた。
俺の存在が、未来を傷つけてるなんて微塵も思っていなかった。
「・・・わかった・・・」
これ以上追いつめてはいけない気がした。
傍にいたい。
傍にいちゃいけない。
好きだからこそ、傍にいてはいけない。
俺が未来を苦しめる。
「けど・・・死なないでくれ・・・」
俺の頬にも、いつの間にか熱い雫が伝っていた。
愛しているから、傍にいてはいけないなんて納得できない。
納得は出来なくても、離れるしかない。
「・・・うん・・・」
未来も泣きながら、それでも強く頷いてくれた。
今はそれだけで十分だった。
「・・・友達は、続けてもいいか?」
「・・・コウ君がいいのなら・・・だってコウ君は大切な幼なじみだもの」
「ありがとな」
「ううん、こちらこそ・・・ありがとう・・・コウ君」
寂しげに微笑む未来の顔は、空気に溶けていってしまいそうなほど白く、
俺はそれを繋ぎとめる為にまた抱きしめた。
「お前は、一人じゃない。それだけは忘れるな」
今度は拒絶されず、未来も俺を抱きしめ返してくれた。
俺の胸の中で、嗚咽をもらしながら微かに何度も頷く。
和希さん・・・俺はあんたが憎いよ。
好きな子を取られたってのもあるけど、
死んでもなお、未来を縛り付けるあんたが憎い。
もう開放してやってくれ。
これ以上苦しめないでくれ。




「・・・あいつ、さ・・・寂しいみたいなんだ。それで・・・」
ヒロが言葉を選んで今から話すだろう内容は、容易に想像できた。
だけど、今更だ。
俺ではダメだったんだから・・・
「死のうとした、か?・・・聞いたよ。未来から・・・
ハルちゃんは知らないみたいだけどな」
「知ってるんなら・・・知ってるんなら、なんでお前は傍にいてやらねぇーんだよ!!」
怒りを隠そうともしないヒロ。
そうだよな・・・お前はいつも俺に遠慮してた。
未来が好きなくせに、俺に遠慮して何もしなかった。
わかってたさ。
俺は、お前がそういう奴だってわかっていたから、未来に近づくのを許した。
和希さんのまねをして、牽制のためにお前を利用して・・・
つくづく卑怯だったよ。
そんな俺が、未来の心を掴むなんて無理だったんだ。
模造品は結局模造品でしかない。
だけど・・・なあ。
お前ならどうだろう?
和希さんを知らないお前なら・・・未来を繋ぎとめられるかもしれない。
未来のために、悩んで怒ってくれるお前なら・・・
うん、俺もお前ならいいよ。
きっと和希さんもそう思ってくれるはずだ。
まだ未来の事は好きだけど・・・俺よりもお前の方が
未来の救いになるかもしれない。
俺の恋は終わって、お前の恋が始まる。
だから・・・未来を大切にしてやってくれ。



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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆


先生!なんだか辛いのは何故ですか!
う〜ん、コウ君言い男だなぁ
いや、マジで・・・(汗
つーか、未来ちゃん・・・
こんなに愛されてるんならいいじゃん!
と、自分で書いたものに自分で突っ込む遊び。
朔26歳の秋(鬱






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