僕の嘘




『・・・・嬉しかったから』
その言葉が、頭から離れない。
あの日、僕は何故あんなことをしてしまったのか。
最初のキスで、未来が起きていた事に気が付いた。
ならばいっそ、激しいキスで彼女の激昂を呷り
兄としても嫌われてしまおう。
そう思ったのだ。
最後でいい、それでもいい。
彼女にキス出来るだけで・・・それだけでよかった。
最初のキスだけでも、僕のものに出来るのなら
僕の全てをぶつけるように、彼女の唇を貪った。
いつ突き飛ばされてもかまわなかった。
それなのに、彼女は一切の抵抗をせず僕を受け入れた。
何故怒らない。
その問いに彼女は戸惑った笑顔を浮かべる。
『・・・・嬉しかったから』
一瞬、彼女も僕のことを好きなのではないか。
男として見て貰えていたのではないか。
そう期待したが、きっとそれは僕の勘違いだ。
兄として、僕を求めていた彼女。
異常なくらいの僕の偏愛を受けて育った彼女。
その兄が離れようとしているのを、お前は感じたのだろう。
そして、それを繋ぎとめようとしているだけ。
きっとお前の好きと僕の好きは違う。
ねえ、未来。
僕はお前の全てが欲しいんだ。




季節はすでに、冬に入っていた。
風は冷たく、時折息が白くなる。
和希の一人暮らしの話は、宙に浮いたままだ。
話をつける前に、また両親が海外に行ってしまったからだ。
収入はあるとはいえ、部屋を借りるには保証人が必要だった。
今は保証人が要らない制度もあるけれど
そこまで勝手をしてしまえば、両親が酷く悲しむだろう。
前回はイギリス、今回はアメリカ。
一体どんな仕事なのかわからないが、今回は前回よりも長い。
3ヶ月はいないという。
帰って来るのは2月くらいになるらしい。
いやでも、それまで未来と2人きりの状態が続く。
未来とはあの日以来、まともに顔をあわせていない。
和希を見る未来の目は、何かを言いたそうではあったが
何も聞く気になれなかった。
避け続けられて、未来がどんな気持ちでいるか
考えるだけでも心が痛んだが、
未来と接する機会が多くなれば、もう自分を止める自信がない。
両親がいたときからしていたことだが、
なるべく朝は早くでて、夜は遅く帰った。
外泊もかなりの回数でしていたが、未来は何も言って来なかった。
優しい兄の仮面なんて、もう被っていられない。
あのキスで、未来も僕の気持ちに気が付いただろう。
今更兄の役目なんてやっていられない。
兄としても、男としても、中途半端な位置につけない自分を
情けなく思いながらも、和希は違う女の温もりを求めた。
「だからね、いい加減ちゃんと話なさいよ」
つい今しがたまで肌を重ねていた女は、ベッドの上に座り、タバコに火をつけた。
寝タバコはやめろと、何度も言ったが
眠くならないために吸うのよ。と返されて
しかもここは彼女の部屋なので、あまり強くは言えない。
「迷惑?」
今の和希の相談相手は、彼女しかいなかった。
いや、彼女だけが和希の理解者と言ってもいい。
「あのねぇ・・・和希。私は迷惑なんて思ってない。
迷惑じゃないわよ。ええ、迷惑じゃないけど
見ててイライラするわ」
苛立たしげに長い髪を掻き揚げて、タバコの煙をふかした。
肌で互いを慰める、そんな関係。
そこに愛はないけれど、同士のような2人が名前で呼び合うようになるまで
さほどの時間も要しなかった。
「あなたね、未来ちゃんをいつまで一人にするつもり?
こんな事しといてなんだけど、彼女、今も家に一人なんでしょ」
責める口調が、心配しているからだとは分かっていても・・・辛い。
十分に理解しているだけに、耳が痛い。
「わかってはいるんだけどね・・・今の僕は何をするかわからないよ?
中学生相手に」
自嘲的な、それでも悪戯っぽく笑う。
「その中学生が好きなんでしょ、まあ、自制できるとこまで自制しなさいな」
「妹なのに?」
「血が繋がってないならOKよ。大体、キスを拒まれなかったんだから
その時に好きだって言いなさいよ。
悩んでたって、行動を起こさなきゃ何も変わらないの」
強く言い聞かせる彼女に、和希は敵わないなぁと笑みを漏らす。
「かっこいいな、薫は。僕も薫くらい男らしかったらなぁ」
「ちょっと、失礼ね。女らしいっていってよ
こんな美人捕まえて、男らしいとは何事」
むっとした顔でタバコを消して、吾妻木は和希にくちづけた。
「ほら、勇気をあげる。だから今夜は帰って
妹さんとちゃんと話をしなさい」
時刻は午後8時をまわったところ。
今から帰れば、未来が起きている時間に間に合うだろう。
だが・・・
「冗談。まだそんな決心付かないよ」
「あーのーねー。ほんといい加減にしなさいよ!
もぅ!男らしくないわね!」
「すっぱりはっきり、は、薫曰く『女らしい』んだろ?
僕は男だから、これでいいんだよ」
「へ・り・く・つ」
言われなくてもわかっている。
遠慮の無い彼女は、本当に人の傷口を抉るのが上手い。
だが、振られる為の決心なんて、そうそう付くものじゃない。
「まだ、ここにいさせてくれ・・・・」
すがるようにして、吾妻木の腕を掴む。
吾妻木は少しだけ困ったような顔をして考え込んでから、首を横に振った。
「振られたら慰めてあげる。でも、今決着つけないでいつつけるの?
これ以上、未来ちゃんに寂しい想いをさせる気?」
諭すように女はいう。
でも、ダメだ。
「兄が男だってわからせて、どうするんだ。
僕の気持ちに整理がつけば、また兄に戻れるかもしれない。
それまで待ってくれ」
「何言ってるのよ。キスしといて今更」
それを言われると二の句も告げないが・・・それでも
「酔ったことにしてるから」
それは逃げ。
未来が信じてくれていれば、の話だが。
「そんなの信じるわけないでしょ!」
呆れた顔をして、吾妻木はため息をつく。
「拒まれなかったんでしょ。なのになんで自信が持てないのよ」
「僕を繋ぎとめる為かもしれないだろ。
大切な兄が、傍から離れないように・・・そんなの恋じゃない
僕の求めている好きじゃない」
吐き捨てるようにして和希は言った。
「それこそバカじゃないの!好きなら好きでいいじゃない!
人の心は変わるのよ。あなたが未来ちゃんを妹として見れなくなったように
未来ちゃんも、あなたの事男として見ているかもしれないじゃない」
そんなの信じられない。
そんなことがあるわけが無い。
「だ・か・ら!あなたは今日は帰りなさい。
もうそろそろ限界よ。あなたたち兄妹の関係も。
早く決着をつけて来なさいよね」
吾妻木はそういうと、和希の頭をなでて優しくキスをした。
「振られたら、慰めてあげるわよ・・・」
その笑顔は、慈悲深く神々しく感じられた。




結局、吾妻木に逆らう事は出来なかった。
たたき出された、といっても過言ではない。
ぶらぶらと街をうろつくが、何も目に入らなかった。
時間はもう11時を回っていた。
そろそろ未来は眠った頃だろう。
『逃げている』と、また吾妻木に怒られそうだが
仕方が無い、どうせ僕は臆病者だ。
重い足をどうにか動かして道を行き、家の前に立つ。
なんだか、とても久しぶりのような気がした。
玄関の前に立ち、がちゃがちゃと鍵を開けた。
「お兄ちゃん!?」
ドアを開けたとたん、2階から未来の声が降ってきた。
ああ、まだ寝ていなかった・・・失敗した。
「お兄ちゃん!おかえりなさい」
ドタドタと大きな音を立てて階段を降りてくると、
未来は満面の笑顔で、和希に抱きついてきた。
「今日も帰ってこないかと思った」
「・・・ごめん」
未来の身体を引き離すと、靴を脱いで家にあがる。
抱きしめ返したい衝動を抑えながら。
「香水の匂い・・・」
「え?」
「香水の匂いがする・・・女の人と一緒だったの?」
俯いて、怒ったように未来は言う。
まさか、嫉妬している?
ああ、でも。
兄を取られるための嫉妬かもしれない。
期待してはダメだ。
僕は、この子の兄なんだから。
「そんなんじゃないよ」
嘘をつく。
吾妻木の香りは、普段はそれ程きつくないけれど
肢体が熱くなった時に放つ匂いは、むせ返るほどだ。
それが移ったのだとしても、何の不思議は無い。
「お兄ちゃん、恋人がいるの?」
恋人?吾妻木はそんなものではない。
それは断言できる。
「そんなものいないさ」
「じゃあ、香水の匂いは何?」
未来は、怒りの目を向けてきた。
何故そんな目で見るんだ。
やめてくれ、僕はしてはいけない期待をしてしまう。
「ああ・・・そういえば、授業で香水の匂いをぷんぷんさせてる人の隣に座ったな
多分それがうつったんだろ」
言い訳がましく聴こえるだろう。
だが、和希にはそう言う事しかできない。
「嘘つき」
断罪の言葉は、冷たく硬い。
「・・・恋人がいるくせに、未来にあんなキスするなんて
ヒドイ・・・ヒドイよ。お兄ちゃん・・・」
挑むように和希を睨む大きな瞳から、ぼろぼろと熱い雫が零れ落ちた。
「・・・未来・・・ごめん。あの時は酔っていたんだ・・・」
「お兄ちゃんは酔っていたとしても、私は嬉しかったの!
私は・・・私はお兄ちゃんが好き。男の人として好きなの」
冷や水を浴びせられたような衝撃とは、このことを言うのだろう。
数希は動けなかった。
もう一度言って欲しい。
ああ、でも未来。
きっとそれは間違っているよ。
きっとそれは勘違いだ。
「・・・それは、家族だからだよ。家族だから・・・僕と一緒にいた時間が長いから、
だから、そう思うんだ」
搾り出した声は、掠れている。
「大丈夫。・・・お前には、きっと愛することができる誰かがみつかるよ」
そんな日は来て欲しくない。
「違う!私は、本当に・・・」
「少しだけ冷静に考えてご覧。お前が僕を想う気持ちは、
多分・・・恋愛感情じゃないよ」
未来の言葉を途中でさえぎる。
もう、これ以上聞きたくない。
これ以上期待したくない。
ここで、お前を抱きしめることはできる。
お前の気持ちを受け入れることはできる。
でも、きっとお前の気持ちは恋愛感情じゃない。
今ここでお前を手に入れたとしても
お前がそれに気が付いた時、僕はもうお前を手放せない。
兄としか思っていなかったと・・・そう言われたとしたら
僕はもう生きてはいけない。
だから、手に入れる前に、まだ僕が立ち止まれる前に、
早くそれに気が付いてくれ。
「僕は・・・お前のことを妹としか思っていない」
掠れた声。
そんなのは嘘だ。
偽善だ。
分かっている。
でも、僕と未来を・・・2人を守るために付かなくてはいけない
必要な嘘だ。
「じゃあ、何でキスなんかしたの・・・お兄ちゃんのばか!」
バチンと、乾いた音と共に、和希の頬に痛みが走る。
「もう・・・もういい・・・妹なら・・・それでもいい・・・」
頬を伝う涙を拭ってやりたかった。
だが、それは今してはいけないこと。
泣きながら、逃げるようにして部屋に閉じこもった未来に
和希は声をかけることができない。
これは、僕の罪だ。
お前を守りたい、お前の傍にいたい。
だから、ついた嘘。
ああ、未来・・・僕はとても臆病者なんだ。
お前に嫌われたくないし、お前を怖がらせたくない。
でも、もう嫌われてしまっただろうか



【了】
<<NOVELtop  <<BACK  NEXT>>  


◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆
兄ーーーーー!!!
何故押し倒さん!!!!!!
なんか、マジで・・・おかしい・・・予定と違う・・・
この話で両思いになる予定だったのぉぉぉぉぉぉ(号泣
あにぃぃぃ、いつまで禁欲生活続ける気だ!?
いや、吾妻木さんとはやっちゃってるけど
うわぁん、兄が他の人とカラムのいや!って人・・・
ごめんなさ〜〜〜い!!
で、でもこれはこれで、仕方の無い展開なのぉぉぉ
読み飛ばされると、この後が続かないのぉぉぉ
できたら、「花の香り」も読み飛ばさないでぇ
この話までの流れが分かるから・・・
絡みってもこんくらいの軽いもんだし(汗

しかし、「中学生に?」ってセリフ・・・自分で書いててわろた(笑)
そうだよなぁ・・・淫交罪でつかまっちゃうよ(笑)

はあ、ラブラブバカップルへの道は遠い(T▽T)







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送