誘惑




どんどん綺麗になっていくお前に
どんな言葉をかければいいのだろう。
あの日の事を無かったようにして、お前に接しているのに
想いは、さらに強くなる。
『妹としか思っていない』
そんなはずは無い。
僕にとって、お前は唯一の無二の女性。
お前意外は欲しくない。
お前でなくては、意味が無い。
それなのに、僕は逃げてしまっている。
純粋なお前の目が、僕を映すたびに
僕の劣情を気づかれないだろうか
それだけが、不安だ。
妹なんかじゃない。
だけど、お前を守るために
僕は自分に嘘をつく。




「もう、桜の季節だね」
隣を歩く妹は、今月中学を卒業した。
未来を拒絶した日から、もう五ヶ月が経とうとしている。
4月からは、新しい制服に身を包み
新しい生活が彼女を待ち受けているだろう。
2人は、あの日の事を無かったことにして
今まで通り、仲のいい兄妹を演じていた。
そう、演じていたのだ。
以前は、異常なほど触れ合っていた2人だが
あの日からは、必要最小限のふれあいしかなかった。
頬や額へのキスも無く
抱きしめることも無く
あるのは、たまに未来を褒める時、和希がその頭を撫でるくらい。
それほどまでに減っていた。
本人たちも気づかないわけは無かったが、
どちらもそれについて、触れることは無い。
「そうだね、今年もあの丘に花見に行こうか」
優しく微笑む和希に、未来も笑顔を返す。
「うん、楽しみ」
こうして2人で道を歩くのも久しぶりだ。
和希自身が、2人になるのを避けていたせいもあるが
エスカレーター式とはいえ、試験のあった未来は
高校入学のために、頑張って勉強していたし
和希も仕事と大学で、手がいっぱいだったのだ。
今日は、高校の制服や教材を買うために
学校へ行かなければならなかった未来の荷物持ちを
和希が引き受けていた。
だから実際、2人でこうやって落ち着いて話をするのも
あの日以来かもしれない。
この年頃の少女というのは、まるで蛹が蝶になるように
日に日に変化を遂げていく。
未来もその例にもれず、日々美しくなっていった。
和希には、眩しく見えるほどに。
以前はただただ無邪気だった未来の横顔は
どこか大人びて、艶さえ感じられる。
一人暮らしの話は、両親に未来が高校を出るまでは
と、頼まれてしまい、すでに諦めた。
全ては自分の気持ちしだい。
未来を拒絶してしまったのだから、
もう後には戻れない。
美しくなっていく少女をみて、あの日の事を後悔しない日は無かったが・・・
もう時間は戻らない。
妹としか思えない・・・嘘を付いたのは
他でもない、和希自身。
「ねえ、お兄ちゃん。お父さんたち今度はいつ帰ってこれるかな?」
「お前の入学式には、間に合わないって言ってたからね。
帰ってこれるとしても、5月あたりじゃないかな」
海外出張の多かった両親は、ついに国外に本拠地まで定めてしまい
今は、日本に出張してくるようなものだ
そんな状況は、数年くらいだと説明されたが、
本当かどうかは定かではない。
両親や和希は、未来も一緒に移住したほうがいいと薦めたのだが
本人にはその気がなく、無理強いもできなかった。
『私は、お兄ちゃんと一緒に残りたい』
未来が両親に告げた言葉。
うれしいような、苦しいような・・・切ない気持ちを今でも思い出せる。
傍にいたい。
誰よりも近くに居たかった。
だが、傍に居れば傍に居るほど、
優しい兄の演技は日々苦痛でしかなくて
どうしようもない自分自身に、本気で嫌気がさしていた。
「そっか、そんなに先なんだ」
少し寂しそうにつぶやいた未来の頭に手をのせて
ゆっくりと撫でる。
「僕が居るよ」
和希の言葉に、未来はとてもうれしそうに微笑んだ。




「ねえ、お兄ちゃん!見て」
家についてすぐ、未来は制服の入った紙袋を持って
部屋に上がってしまった。
教科書ももって行けばいいのに、と思ったら
どうやら制服に着替えたらしい。
真新しい制服を着た未来は、やはり中学の頃とは少し違う。
眩しいくらいに、美しい少女。
とても大切で、とても愛しい少女。
「ああ、似合ってるね。未来もすっかりお姉さんだな」
「やだーなんかそれ、父親みたいだよ」
無邪気に笑う未来。
お前は、あの夜のことを忘れてしまったのだろうか。
「そうだね、なんだか父親の気分だ。
きっと僕は、お前の結婚式で泣いてしまうよ」
冗談のようにいって、笑う。
だが、本当に泣いてしまうだろう。
父親が流す涙とは、意味が違うだろうけれど。
「結婚なんて、しないもん」
和希の言葉に、未来はぶうっと頬を膨らませる。
「しないわけないだろ。未来はこんなに可愛いんだから」
「・・・・・・しないったら、しないの!お兄ちゃんのばか
もう着替えてくるね。制服汚しちゃうから」
そういうと、未来は、踵を返して部屋に向っていってしまう。
その後姿が、あまりにも愛らしくて
数希はため息をついた。
「結婚なんてしない・・・か」
それが本当だったら、どんなに嬉しいだろう。
このまま2人。
兄と妹の関係だったとしても、何の邪魔も入らず生きていけたなら
「そんな事、出来るわけ無いんだよ・・・未来」
自嘲的に呟いた和希の言葉が、未来に届くことは永遠にない。




夜になっていた。
時間はすでに深夜と言ってもいい時間帯。
だが、数希は眠れずにいた。
先ほどの未来の姿が頭からはなれない。
新しい私服に身を包み、少しずつ大人になっていく少女。
いつか、彼女も大人になり、和希の手を離れていくだろう。
そして、和希ではない男と共に、愛を育んでいく。
考えただけでも、嫉妬で気が狂いそうになる。
いつかはそんな日が来る。
和希が一度だけ味わった、あの甘い唇を自分だけのものに出来る
そんな男が現れる。
もし目の前にそんな男が現れたら・・・殺してしまうかもしれない。
未来を悲しませることがわかっていても、自分を止める自信がない。
いっそ、全てを捨てて逃げ出してしまえるのなら、どれほど楽だろうか。
しかし、そんな思いとは裏腹に、未来の傍を離れたくない自分もいる。
矛盾だらけだ。
何度も何度も、あの夜の事を夢に見た。
未来に好きだと言われた日。
兄として好きなのか、男として好きなのか
和希自身が考えた結果、兄としての好きだと、勝手に断定した。
もしも今、もう一度未来に同じ事を言われたら・・・
多分、迷わず抱いてしまうだろう。
過ぎたことだ。
時間はもう二度と戻らない。
こんな思いを抱えたまま、眠りに付くことなんて出来ない。
眠れなくて、ベッドに座って電話を手にした。




『だーかーらー。あなたはどうして、そういう事で電話してくるの』
「だって、お前しか居ないんだよ。聞いてくれるの」
電話口で呆れたような怒ったような声がする。
勿論相手は、吾妻木だ。
『あのねぇ・・・私が今忙しいって知ってた?』
それは疑問系ではあるが、確認の意味を取っている。
今吾妻木が司法試験の準備で忙しいのは、重々承知していた。
だが、誰かに話さないとやっていけない。
「ごめん。聞いてくれる人が薫しかいないんだよ」
電話口からため息が聞こえた。
『あなたねぇ・・・お兄ちゃんを徹するって決めたんでしょ?
なら、それに従いなさい。私は、あなたが何をしようと
どうしようと、あなたの味方よ』
最近は吾妻木が忙しくて、なかなか時間が取れないが
2人の関係は続いていた。
身体で慰めあうのは、少し切ない。
だが、今の和希の心のよりどころは、吾妻木以外いなかった。
「ありがとう。感謝してるよ」
『感謝してるなら、行動で示してよね。
私、本当に追い詰められてるの!今は』
笑いながら言う吾妻木は、どうやら本当に弁護士になるらしい。
信じられなかったが、本人曰く
『私は、美人のやり手弁護士を目指すんだから
・・・だ、そうだ。
「はいはい、わかってるよ。わかってます。ごめんなさい」
笑ってそう返したとき、コンコンとドアがノックされた。
「お兄ちゃん?起きてる?」
ドア越しにくぐもった声。
未来だった。
「あ、ああ。ちょっと待って」
『なあに?妹さん。じゃあ、電話切るわよ』
こちらが何も言う前に、電話は切れてしまった。
相変わらず行動が早い。
ちらりと、時計を見ると12時を回っている。
「いいよ、入っておいで」
和希が言うと同時に、部屋のドアが開く。
「話し声がしたけど・・・電話中?」
「いや、今きったところ・・・あれ?また着たの?」
夕食の時は着替えていたのに、部屋に入ってきた未来は
また高校の制服に身を包んでいる。
「うん・・・ねえ、電話。女の人?」
遠慮がちに部屋に入ってきた未来は、
いつもより元気が無い。
「ああ、友達。最近忙しいみたいだから、激励をね」
「ふ〜ん・・・」
未来はつまらなそうに呟いて、和希の膝の上に
横向きのままもたれかかるようにして座ってきた。
「未来・・・子供じゃないんだから・・・」
かなりの動揺に襲われていたが、それでも『お兄ちゃん』という枷は重く
平静を装って未来をどけようとした。
だが、未来は上半身だけ和希と向き合わせて
その首に自らの腕を絡めた。
「お兄ちゃん、恋人居るの?」
「居ないよ・・・未来、どきなさい」
「どかない!」
未来の瞳が何かを決心したように、和希を睨む。
「ねえ、お兄ちゃん。未来は少しは大人になった?
高校の制服を着て、少しは大人になった?」
「未来・・・?」
「私・・・私ね・・・お兄ちゃんが好きなの。
ずっとずっとこの間告白した時から考えてた。
でもやっぱり、お兄ちゃんの事男の人として好き」
和希の唇に、未来のそれが重なる。
ぎこちないその行為は、キスというよりも、ただ押さえつけられたもの
互いの唇の弾力を感じるだけのものだ。
だが、和希の心をとろけさせるには十分だった。
「家族だからとか、そんなんじゃなくて・・・お兄ちゃんを愛してる。
だけど・・・やっぱり・・・私は間違ってるの?
お兄ちゃんが誰よりも好き。他の人なんていらない
お兄ちゃんにとって、私はただの妹かもしれないけど・・・だけど」
未来の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。
甘美な誘惑。
最愛の少女が、涙を流しながら愛をこうている。
僕の、負けだ・・・
和希は深く息をついた。
「・・・間違ってるのは、僕のほうだ。僕もお前が好きだ。
ずっとずっと好きだった。もう随分前からお前の事を一人の女の子としてみていた」
和希の腕が、未来の腰と首に回る。
そして、未来の顔を引き寄せキスをした。
未来からのキスよりも深い、あの夜を思い出すキス。
どんなにこの時を待ち望んだだろう。
どんなにこの時を夢に見ていただろう。
「お前は僕を兄として慕っているのかもしれない・・・」
「そんなことない!」
「うん・・・でも、未来。聞いて。僕はね、もうお前を妹なんて思えない。
今お前をこの手にしてしまったら、僕はもうお前を離せない。
それでも・・・いいかい?お前がもし、兄としてしか見れないて
そう気が付いたとしても、もう遅いんだよ?」
和希の言葉に、未来は泣きそうな笑顔を見せた。
「もう遅いよ・・・私、お兄ちゃんの事、男の人として好きだって言ったもん」
愛しい少女は、この腕の中に落ちて来た。
嬉しくて、たまらなくて、和希はその身体を引き寄せるようにしてだきしめる。
「お兄ちゃん、どきどきしてる」
「してるさ、お前をこうして抱きしめる夢を
何度見たと思ってるんだ。それが現実になったんだからどきどきするよ」
「うれしい」
未来の腕に力がこもる。
さらに密着した体から、どちらのものとも付かない
激しい鼓動を感じられた。
「でも、この状況はちょっとやばいな・・・ほら、降りて未来」
強く抱きしめた腕を緩めて、身体を離す。
「やだーなんで?」
気持ちが通じ合って安心した少女は、いつもの甘えた表情に戻っている。
本当に、なんて可愛いのだろう。
「僕だって男だからね。こんな体勢だと、
キス以上の事をしたくなってしまうよ、お前の全てがほしくなる。
そんな事言われても、困るだろ」
冗談めかした本気を、未来は感じ取ったのだろう。
真っ赤な顔をしながら、それでも首を横に振った。
「・・・未来?」
「私、嬉しい。お兄ちゃんが本当にちゃんと、女の子として
好きで居てくれるって・・・そう感じるから、嬉しいの
・・・だから、困らない・・よ」
きながら、恥ずかしそうにいう未来をまた引き寄せて抱きしめる。
「・・・かわいい事いうね。そんな事言ったら、止まらなくなるじゃないか」
「止まらなくていいよ・・・お兄ちゃんのものになりたいもん」
なんて甘美な誘惑なのだろう。
愛しい少女の口から、愛の言葉が囁かれる。
どこかで理性が止めるけれど、もう僕は止まれない。
彼女が僕を兄と思っているのか、男として好きなのか
もう、そんな事はどうでもいい。
彼女の言葉を信じるしかない。
僕は、もう止まれない。
「愛しているよ・・・未来。お前の全てを僕にくれるかい?」
頷いた未来の顎を指ですくい、唇を奪う。
優しく何度も何度も。
その存在を確かめるように。
誰に責められる事になろうとも、
この甘美な誘惑に勝てるものなど居ないだろう。
「愛しているよ」
和希はもう一度囁いた。

                

【了】
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◆◆◆◆◆◆◆◆一言◆◆◆◆◆◆◆◆


こんなところで、終わる私(笑)
怒られる?
でもね、やっと両思いになれた兄視点の
Hは、私にはかけなかったの(笑)
ってことで、すぐにでも続きを未来ちゃんの視点で・・・






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