立花和希 堂本広 篠原達也


Web拍手ありがとうシリーズ第三弾
「夕焼け」シリーズ



立花和希の場合


もうすぐ秋が来る。
日中はまだ暑いのに、日が沈むと寒いくらいだ。
だけど、今の時間は一番すごしやすい。
日が傾いて、橙色の光が世界を満たす。
柔らかく、優しく、全てを包み込むような光。
まるで、未来のようだ。
ねえ、未来。
僕はお前に隠していることがあるんだ。
それは、絶対いえない事。
言ってはいけない事。
大学受験を控えた今の時期に、お前を動揺させたくない。
いや、そんなのただの言い訳かもしれない。
ずっと、一緒にいたいんだ。
ただ、傍にいたい。
兄として、お前を守ってきた。
この想いが報われないのはわかってる。
だけど・・・だから、少しでも長く、お前の傍にいたいんだ。
傍にいて、笑顔を守りたい。
いつもお前が笑っていられるように・・・
「ただいまー。あれ?お兄ちゃん、いたの?」
「おかえり。今日は早いね」
「うん、今日は予備校も補習もなかったから。
それよりお兄ちゃんったら、電気もつけないでどうしたの?」
リビングのソファに腰掛けていた僕のそばに、未来が近寄ってくる。
背を少しかがめて、不思議そうな目で覗き込んできた。
「具合でも悪い?」
「そんな事無いよ」
小さいときから少し体の弱かった僕は、いつもこうして未来に心配をかけていたっけ。
これでも、大人になってからは結構丈夫になったと思っていたんだけど・・・
いや、でも・・・違うか。
丈夫になっていたなんていうのは、ただの思い込みだったんだ。
「まだ電気をつけなくても明るいだろ。
それに、こうしてると夕日の色で部屋の中が満たされて、綺麗なんだ」
隣に腰掛けた未来の頭を撫でると、未来は嬉しそうに笑った。
無邪気な笑顔が、夕日に照らされてオレンジ色に染まる。
色素の薄い髪が、光にキラキラと輝いている。
綺麗だ・・・
「もう秋だもんね。秋の夕日って他の季節と違ってなんか寂しくなる」
「そう?・・・ああ、そういえば今やってる仕事で、
秋物の香水のコピーを考えてるんだけど。未来の意見も聞かせてくれる?」
「えー私なんかでいいの?」
「恋する女の子の切なさを表現してほしいらしいんだ。
で、お年頃の未来ちゃんはどんな風に考える?」
「むぅ〜なんか訊き方が意地悪」
「そんな事ないさ。未来だって恋くらいした事あるだろ」
訊きながら、ツキンと胸が痛んだ。
本当は、お前の口から他の男の話なんて聞きたくない。
だけど、兄としてならいいだろう?
他の男に嫉妬しているなんて、気づかなければいいだろう?
苦しくても、つらくても、少しでもお前の事を知りたい。
そう思うのはエゴかな・・・
「ん〜私、あんまりわからないんだよね。友達は彼氏いる子もいるけど」
未来は、考え込んだように口を尖らすと、ふうとため息をつく。
その言葉に少し安心感を覚えつつ、悟られないようにからかう口調で言った。
ねえ、未来。
僕がお前の言葉に、一喜一憂してるなんて・・・知ってるかい?
「子供だねぇ、未来は」
「あ〜何よぅ。なんか今日のお兄ちゃん意地悪!もー嫌い」
子供のように拗ねた口調で僕を責めると、右手で殴る振りをした。
「あはは、悪い悪い。冗談だよ、冗談」
「・・・大体、恋愛の話なら、お兄ちゃんの周りにいる女の子に訊けばいいじゃない。
もてるんだから」
「そんな事ないって。怒ってる?」
「・・・怒ってないけど・・・」
「今の僕は、手のかかるお姫様が一人いるから、他には手が回らないよ」
「えっ!?・・・お兄ちゃん、彼女いるの?」
「ん?いないよ。お姫様ってのはお前のこと」
にっこりと微笑むと、感情のくるくる変わる瞳が大きく見開かれた。
真っ赤になった顔で、何かを言いかけ・・・そして、いぶかしげな顔になる。
「やっぱり、からかってるぅぅぅ。今日のお兄ちゃんは意地悪だーー」
「からかってなんかいないって」
反応が可愛くて、つい笑ってしまったのが、
からかっていると勘違いされてしまったらしい。
う〜ん、困った。
さてさて、どうしたら機嫌を直してくれるのか・・・

誰よりも身近にいて、誰よりも愛しい少女。
僕は、お前を愛している。
いつか伝えたかった・・・もう伝えられないけれど・・・
傍にいられなくなっても、この夕焼けの光のように、お前を包んでいけたなら・・・
お前が幸せになるように。
いつでも笑っていられるように。
それだけが、僕の願い・・・



【了】






Web拍手ありがとうシリーズ第三弾
「夕焼け」シリーズ



堂本広の場合


心此処にあらず。
今の未来は、そんな表現がよく似合う。
待ち合わせしてた公園。
ブランコにのって、夕日をぼうっと眺めている未来は、
なんだかとても悲しそうな顔をしていた。
声を掛けるのをためらってしまうくらい・・・
今にも泣き出してしまいそうな顔。
そんな顔をされたら、抱きしめてしまいたくなる。
だけど・・・今の未来には近寄れない雰囲気があった。
元々未来は、可愛い顔をしていると思う。
美人系じゃないけど、整った顔をしているから、
俺の周りの男どもから、結構人気があったのは事実。
可愛すぎて高嶺の花だ。なんて言ってた奴もいたっけ。
俺は、あいつのドジな所もぼうっとしている所も知ってたから
気後れすることなんてなかったけど・・・
でも、今はちょっとあいつの言っていたことがわかる。
ありふれた公園で、ありふれた夕暮れ時。
だけど、未来の周りだけ違う空気が流れているみたいだ。
壊しちゃいけない世界。
触れたらすぐに壊れてしまいそうな、脆い世界。
そんな雰囲気だった。
「堂本くん?」
声を掛けられずに立ち尽くしていた俺に気がついた未来は
ぱっと顔をあげて笑顔を作った。
その笑顔が、不可侵の世界を壊していく。
だけど・・・なあ。なんでまだ悲しそうな顔してるんだ?
笑ってるくせに、泣きそうだぞ?
「よう、待ったか?」
いつもと変わらないように、笑って手を上げる。
「ううん、今来たところだから」
未来もいつもと変わらない答えを返してきた。
どんなに待ってたとしても、『今来た』って返事をする。
待ち合わせの時間に、どれだけ遅れてもそう答える。
気を使うな、って言ってやりたいけど、
なんか、そんなところまで可愛く感じちゃうんだよなぁ。
「で、なんかあったのか?」
隣のブランコに座って、何気なく切り出した。
つもりだってけど・・・ちょっと露骨か?
でもよぉ、やっぱそんな顔されてると気になるだろ。
「何か?」
未来は、何を訊かれたのかわからない、って顔できょとんとしてる。
う〜ん、この様子だと隠してるつもりはなさそうだし・・・
無意識か?
「泣きそうな顔してるだろ。何かあったなら話くらいは聞くぜ?」
「あっ・・・ううん・・・なんでもないの・・・ただ・・・」
「ただ?」
「思い出しちゃっただけだから」
お兄ちゃんのこと。
寂しそうに微笑みながら、ぽそっとようやく聞き取れるくらいの声で
死んでしまった兄を呼ぶ。
俺は会ったこと無いけど、未来やコウから聞いた話だと、
ものすげー未来を大事にしてた人だったらしい。
優しくて、大人で、未来のことを何でもわかってくれたとか。
「そっか・・・」
それ以上何も言えなかった。
俺の知らない人の事だから、俺には何も言えない。
ただわかるのは、未来が兄をすごく慕っていたってことだけ。
男としては、ちょっと妬けるけどな。
ま、兄貴にやきもち妬いたってしかたねぇ。
しかも、死んじまった人だ。
「夕日って不思議。普段はもう慣れっこになってるのに、
一人で夕日を見てたら、突然寂しくなったの」
微笑みを浮かべた未来の目から、涙がこぼれた。
綺麗な透明の・・・涙。
それを拭ってやってから、未来を抱きしめた。
華奢な体は、ちょっと力をいれたら折れてしまうんじゃないかってくらい細い。
俺が傍にいるって、伝えたかった。
二人の間にある、ブランコの鎖が邪魔だけどな。
「もうすぐ秋だからな。秋は人を感傷的にさせるんだってさ」
「そうね・・・」
「ま、俺の場合は感傷よりも食い気だけどな」
暗い空気を払うように、抱きしめた腕を緩めて、頭を撫でた。
柔らかい未来の髪をくしゃっとして、わざといつものように冗談をいう。
「だからさ、秋になったらいろんなとこ行こうぜ。
栗拾い、ぶどう狩り、梨狩り。あ、あと魚も食べに行こう」
「なんか、食べることばっかり」
俺の言葉に、未来が楽しそうにクスクス笑う。
ほらな、やっぱお前は楽しそうなのが似合う。
「だーかーら。食い気っつったろ!やっぱ秋は遊ばないとな」
「夏休み前にも同じ事言ってたよ?」
「遊び人のヒーさんと呼んでくれ」
「もぉ〜堂本くんったら」
なあ、未来。
少しは気分が上昇してきたか?
俺さ・・・お前にはいつも笑っていてほしいんだ。
俺は、お前の兄貴みたいに出来た人間じゃない。
まだまだガキだし、お前を守ってやるなんて大口は叩けない。
泣かせてしまうかもしれない。
だけど・・・大切にするからさ。
俺はずっとお前の傍にいるから。
だから、お前もずっと俺の傍にいてくれよ?
そしたらきっと、夕日も寂しいなんて感じなくなるさ。



【了】






Web拍手ありがとうシリーズ第三弾
「夕焼け」シリーズ



篠原達也の場合


「未来?どうしたの?」
久しぶりの休日。
あまり二人っきりの時間が取れないぼく等にとって、
こんな日は貴重だ。
夕べも仕事のあった僕の時間に合わせて、
起きていて待っていてくれた未来。
結局泊まってもらうことになって、朝方まで起きていたからか、
いつの間にか日が暮れていて、部屋はオレンジ色の光で満たされていた。
一緒に眠っていたはずの彼女は、ベッドの上に座っていた。
いや、それだけならいい。
問題は、彼女が泣いていることだ。
「あ、おはよう」
「おはようじゃないよ。どうしたの?」
上半身を起こして、未来の頬を流れる涙を拭う。
ぼくと一緒にいる事で、何か不安でも抱かせてしまったのだろうか?
確かに、ぼくの仕事を彼女が面白く感じていない事は知っている。
だが、生活もあるのでなかなかやめられないでいた。
彼女をないがしろにしているわけでは無いけれど、
そうとられても仕方が無いとは思う。
だから、その事に関して言い訳はできない。
不誠実なやり方だとは十分承知しているけれど・・・
「ちょっと・・・寂しくなっちゃって」
「ぼくといるのが不安?」
「ち、違うの。篠原君のことじゃなくて・・・お兄ちゃんを思い出しちゃって」
「・・・お兄さん?」
未来から、彼女の兄の話を聞くのはあまり好きではない。
子供っぽい焼きもちだとはわかっていても
彼女から兄の話を聞くたびに、ぼくの中で一つの疑問が浮かんでいた。
『それは、本当に兄妹としての感情だけなのか』と。
未来は、年の割りに擦れたところが無い。
ぼくと付き合うまで、男性経験は皆無だったと言ってもいいだろう。
だが、それは不自然だ。
彼女は元来人見知りをする性質らしいが、
それでもこれだけ容姿の整った女の子を周りが放って置くわけが無い。
それなのに未来は擦れたところもなければ、ガードが固いという訳でもなかった。
どちらかというと無防備なほどだ。
色々なタイプの女性を見てきたぼくですら、
たまにくらっと来るような表情を見せる。
ぼくが何度も注意しても直らないそれは、
今まで誰かが守っていたからじゃないか?
そんな考えに行き着いた時に聞いたのは
未来と兄に血のつながりがないという事。
ぼくの考えは、確信に変わった。
彼女がどう思っていようと、二人の間にあったのは恋愛感情ではなかったかと・・・
『お兄さんの事好きだった?』
前にそう尋ねたことがある。
彼女は、『うん』と無邪気に答えた。
その答えは、兄として好きだった、という事なのだろう。
『恋愛感情で?』とは聞き返せなかった。
その問いを肯定されたら、と思うと恐怖すら感じたからだ。
ぼくがこれほど女の子に振り回されるなんて、思いもしなかった。
彼女のことが、特別な存在になればなるほど
彼女の兄に劣等感を抱いた。
亡くなった人相手に、嫉妬するのは不毛だ。
だけど、未来の中には確かに兄が息づいていて、今も消えない。
傍にいるぼくでさえも、彼には勝てない気がした。
「篠原君?」
「ぼくが傍にいるのに、お兄さんのことを考えるんだね。
ちょっと妬けるかな」
つい、本音が口をついて出てしまう。
ぼくはこれほど心の狭い男だったか?
「あ、ご、ごめんなさい。ち、違うの・・・あの・・・えっと・・・そんなんじゃなくて・・・
夕日を見てたら、なんだか思い出しちゃって・・・秋の夕暮れって寂しくなるでしょ?
そ、それで・・・えっと・・・ごめんなさい・・・」
一生懸命言い訳を考えて、それでも上手く誤魔化せなくて・・・
そんな様子で未来は、しゅんとうなだれて謝った。
「ごめん。ちょっと意地悪だったね」
怒ってない?
未来の瞳が尋ねてくる。
怒っているわけではない。
子供じみた嫉妬なんだから。
「ぼくが傍にいるよ。それじゃ、ダメかな?」
抱き寄せると、腕の中で彼女がほっとため息をついた。
「ダメじゃない・・・傍にいてね」
「ああ、傍にいるよ」
彼がどんな想いを抱いて未来を見ていたのか。
ぼくには想像することしか出来ない。
彼がもし生きていたら・・・こうして未来がぼくの腕の中にいる事はなかっただろう。
彼が死んでしまったことに、感謝すら抱いてしまう。
ぼくは、こんなにずるい男だったかな?
未来を好きだと感じるたびに、自分のいやなところが見えてくる。
だけど、彼女を手放せない。
彼女に寂しい想いをさせていると自覚していても、
彼女を手放せない。
自分が自分じゃないみたいだ。
こんなに自分をコントロールできないなんて、思いもしなかった。
これが恋ってやつなのかな?



【了】



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